高野山で初のAIセミナー =人工知能は空海の知を蘇らせることができるか

AI新聞

和歌山県高野山でこのほど、「AIが拓く高野山の知の可能性」と題されるシンポジウムが開催された。関係者によると高野山でAIのシンポジウムが開催されるのは初めて。パネル討論会の司会をした僧侶の飛鷹全法(ひだかぜんぼう)師は「高野山に残された膨大な文書類は、まさに歴史的な知の宝庫。だが人間の作業だけで、その全貌を明らかにするには、相当な時間がかかってしまう。AIの活用によって解読の時間が短縮できれば、高野山の知を多くの人々に拓くことにつながるのではないか。AIに期待するところは大きい」と語った。

写真左から小笠原正仁氏、石山洸氏、飛鷹全法師

 

高野山文書は、全国のお寺から集まった情報の宝庫

高野山は弘法大師空海が1200年前に和歌山の山中に開いた日本を代表する聖地の一つで、高野山金剛峯寺は真言宗の総本山になる。高野山文書編纂会委員の小笠原正仁氏によると、金剛峯寺には全国の真言宗のお寺からのその時代の情報が集結しており、飢饉や災害時の支援の様子なども記載されているという。「そういう意味で高野山文書(もんじょ)は、歴史の資料として超一流。1200年間の文書をすべて解読できれば、その歴史的、文化的価値は計り知れない」と語る。

一方、飛鷹師は「真言宗の僧侶にとって弘法大師は仰ぐべき偉大な祖師。ただ檀務に追われ弘法大師が残された文章を勉強する時間がなかなか取れない憾みがある。AIによって、弘法大師全集や高野山に残された手書き(くずし字)の文書が検索可能なテキストデータに変換されれば、日常的に弘法大師の思想に触れる機会が増え、ひいてはお大師さまの教えの理解が深まるかもしれない」と指摘した。

小笠原氏によると、高野山文書編纂会は、和歌山人権研究所が高野山真言宗の支援を受けて、江戸時代の享保10年から記録されている約140年分の日並記(ひなみき)と呼ばれる文書群の翻刻を進めている。作業は、大学の研究者らを中心とした約10人ほどのチームで分担し、これまでの2年間で約240冊あるうち80冊の翻刻(古文書などのくずし字を活字にすること)をしている。そもそも日並記は金剛峯寺の寺務日誌で、膨大な量の高野山文書群全体の中で、どこにどのような文書が保管されているかを示すファイリングシステムのような役割も果たしており、享保年間以降の文書の所在については、ほぼ記録されているという。なのでまずは日並記の解読を進めているが、「今は翻刻スキルが高い人ばかりで作業しているが、そのスキルを未来の研究者に継承し、増やしていくことは困難で、日並記以外の高野山に存在する50万点とも100万点ともいわれる膨大な資料を人間だけで今後読み解けるようになるとは到底思えない。AIに期待するしかない」と語る。

では果たしてAIは高野山文書の手書き文字をすべて認識できるようになるのだろうか。

AIが手書き文字を認識するには、手書き文字が何と書かれているのかを示すお手本のデータが相当数必要になる。AIの専門用語で「教師データ」と呼ばれるものだ。今回のシンポジウムにAI専門家として登壇したAIベンチャー、株式会社エクサウィザーズの石山洸氏は、「解読された80冊が教師データになり得るかもしれない。やってみるだけの価値がある」と語った。

▼AI研究に役立つ空海の教え

実は石山氏は、空海が書いた書物を複数冊読んだことがあるくらい空海の大ファン。空海の教えが、AI研究に役立つという信念を持っているという。

「心理学の父と呼ばれるフロイトは、イド、エゴ、スーパーエゴという概念で人間の心理を説明しようとした。イドがバイオ(生物的)、エゴがサイコ(心理的)、スーパーエゴがソーシャル(社会的)と、人間の心理が3段階に分けられると理解すると分かりやすい。同じく、空海も人間の低次~高次の心理状態の変遷に着目し、「十住心論」という理論を確立した。動物的な心理段階から始まり、儒教、道教、小乗仏教、大乗仏教、天台、華厳、真言密教と段階的に成長していくというモデルだ。AI研究は、このフロイト的な心理学と空海的な仏教から影響を受けてきた歴史的な背景があり、”考えることについて考える”という人間特有の高次の思考のモデル化は、ディープラーニングの次に挑戦すべき分野としても着目されている。現在、AI研究では、STEM教育(科学、技術、工学、数学)と同時に、ELSI教育(倫理、法律、社会)の重要性も増しており、1,200年前から両者を横断して捉えてきた空海の教えは現代でも非常に参考になる」と指摘。また「AI研究の中のコネクショニズム(データの世界)は空海が言うところの胎蔵界的、シンボリック(モデルの世界)は空海が言うところの金剛界的と見ることができる」と解説、AI研究と空海の教えの共通点をいくつか示した。

飛鷹師らによると、AIシンポジウムは今後も継続して開催したい考えだという。飛鷹師は「高野山は宣教師フランシス・ザビエルの書簡に『中世日本の六大学』と報告されたように長い学問研究の歴史を有し、高野版と呼ばれる出版事業も盛んだった。知の発信拠点として、AIのような最先端技術のシンポジウムを開催することは意義がある」と語っており、テクノロジー企業との協力関係の拡大にも意欲的だ。

物質の時代から心の時代へと社会が変化していると言われる中で、仏教は今後、社会の中でどのような役割を果たすことになるのだろうか。テクノロジー企業と仏教界とはどのように交わっていくのだろうか。今後の高野山の動きに注目したい。

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

  • Home
  • AI新聞
  • 高野山で初のAIセミナー =人工知能は空海の知を蘇らせることができるか

この機能は有料会員限定です。
ご契約見直しについては事務局にお問い合わせください。

関連記事

記事一覧を見る