AIと人間が共に進化する時代においてGAFAへの一極集中はありえない 産総研辻井潤一氏

AI新聞

 

最近ビジネス誌などでGAFAという言葉をよく見かけるようになってきた。Google、Apple、Facebook、Amazonの頭文字を取ってGAFA。経済、社会のあらゆる局面に影響力を増しつつある米国の巨大テクノロジー企業群を指す言葉だ。「このままでは世界中の経済がGAFAに飲み込まれる」という論調が増える中で、産業技術総合技術研究所 人工知能研究センター(AIRC)センター長である辻井潤一氏は、「GAFAの利益追求型モデルは限界に差し掛かっている」と指摘する。これからのAIの進化の方向について同氏に詳しく聞いてみた。

 

産総研・辻井潤一氏

ーーGAFAの脅威が注目されるようになってきましたが。


辻井 今後AIは、医療や介護、都市計画など、社会のあらゆる領域で広く使わるようになっていきます。そうした領域のデータの全てを、GAFAが持っているわけではありません。医療だと医療機関が持っていますし、製造業だと製造業が持っています。都市計画なら政府機関が持っている。


製造業にはGEやトヨタなどといった大きな会社もあります。GAFAがすべてのデータを吸収できるとは思えません。

 


ーー確かにGAFAが大量のデータを持っているといっても、ネットやモバイルを通じた消費者の消費行動に関するデータが中心ですよね。それ以外の領域のデータはほとんど持っていない。でもAIの優位性をてこに、製造業などを支配下に収めていくというシナリオは考えられないでしょうか?GAFAではないですがIT系の起業家だったイーロン・マスク氏はテスラで自動車産業に参入しましたし、GAFAも自動走行車やロボットのベンチャー企業を買収したり、研究開発を進めているようです。AIが既存技術を取り込んでいくということはないでしょうか?


辻井 GAFAも自動走行車やロボットの領域でいろいろとやってるみたいですが、最近では買収した企業を手放したりもしていますね。

 


ーーやっぱり製造業には細かなノウハウがたくさんあって、優れたAIを持っているからといって、一朝一夕に簡単には真似できないのかもしれませんね。


辻井 そうですね。既存業界のドメイン知識って、思った以上に重要なんだと思います。やはりこれからのAI化って、AIのデータサイエンスと物理的な既存技術とが絡み合って共に進化していくのではないかって思います。GAFAを中心とした利益追求型のアメリカの経済モデルも、過渡期に入ってきたということなのではないでしょうか。

 


▼AIの進化は米中欧の3極化


ーーそうなんですね。ではどのようなモデルが今後は有効だと思いますか?


辻井 まずは今ある世界のモデルを見ていきましょう。アメリカは、GAFAを中心とした利益追求型モデルです。でもこれからAIが社会の隅々にまで浸透して行きます。医療や介護、都市計画にまでAIが使われるようになる。そうなると利益追求型のモデルでは限界があります。

ーー3月末にサンフランシスコで開催されたAI関連のカンファレンスを取材してきたのですが、20ほどあったセッションの1/3くらいは倫理をテーマにしたものでした。対話ロボットが人種差別発言をしたり、人事系アプリが性差別的なレコメンドをしたりして、開発した企業に対するものすごいバッシングが起こっています。AIを軍事目的に使っていいのか。軍にどの程度の画像認識や自動走行の技術を提供してもいいのか。非常に難しい問題が山積しています。確かに利益さえ追求していればいい、というフェーズではなくなってきている感じがしました。

 


辻井 そうなんです。社会的コンセンサスが必要になってきますから、民間企業だけではやっていけないでしょう。

といって中国のような公の利益や秩序を守ることを最優先したAIの利用方法でいいのか、という議論もあります。

 


ーーそうですね。中国政府は、政府の持っているデータを一部テクノロジー企業に提供している。なので中国企業のAIって、ものすごく進化が早いようです。一方で徹底した監視社会になりつつあります。交差点のカメラが顔認証するので、信号をきっちり守る人が増えたといいます。もちろん防犯の面ではいいことですが、そこまで徹底的に監視される社会ってどうなんでしょう。米国メディアなどは、そうした監視体制を批判する記事を多く掲載してますね。


米国と中国。AIで見た場合の世界は、この二つの経済圏に分かれている。米国はGAFA、中国は政府という、形は少し違いますが、中央集権型です。一方でヨーロッパはそれに反対して、非中央集権的な動きが起こってきています。ブロックチェーンなどの非中央集権技術は、ヨーロッパが最も進んでいるのもこのためですよね。


辻井 そうなんです。日本はヨーロッパに近くて、公や大手企業の価値を最大化するよりも、一人ひとりの幸せを最大化することのほうが大事だという考え方の人が多いですね。人間の尊厳や一人ひとりの幸福を守る形でAIを提供していこうというのが、ヨーロッパや日本の考え方です。


でも日本とヨーロッパの間にも、考え方に少し異なるところがあります。ヨーロッパではキリスト教の影響かもしれませんが、人間が万物の長であり、人間以外はすべて道具として使うことができる、という考え方が根底にあるように感じます。西洋の研究者ってAI研究の初期のころから、心と体は切り離されていて、心は人間にしかなく、合理的判断するのは人間だけという考え方を持っている人が多かった。人間の知性が最高のものであり、人間の知性を超えるものが誕生するという可能性に対して、恐怖があるんだと思います。


東洋にはそれがない。東洋の考え方では、犬や猫にも知性があり、人間の知性はそうした知性の1つの発展形にしか過ぎないという考え方です。


そして実際問題として、特定の能力に関しては今のAIの方が人間の知性よりも優れているというところが、いくらでもあります。

 


▼人間の知性のほうが優れている点、AIのほうが優れている点


ーー具体的に、どういう知性はAIの方が人間よりも優れていて、反対に人間の方が優れている知性というのはどういうものなのでしょうか。


辻井 例えば医療診断でガンを検知するなどという能力もそうです。大量のデータ、複数の専門医の知見、新たなセンサーなどを総合すると、1人の人間の専門家よりも的確な判断ができる可能性がAIにはあるわけです。

 


ーー大量のデータの中から、人間が気づかないような複雑な相関関係を見つけてくるということは、AIとってはお手のものですからね。そういう部分では人間はAIには絶対にかなわない。


辻井 機械が人間の能力を超えることは、産業革命の時も起こりました。速く走る、重い物を持ち上げる、などといった点で、機械は人間の能力を超えたわけです。同様に、今後は機械が知性の一部で人間を越えようとしているに過ぎません。

 


ーー相関関係を見つけたり最適化すると言う点では、AIの知性の方が優位に立ちそうなわけですが、それでは人間の知性の方がAIより優位なところって残るのでしょうか。


辻井 AIはセンサーデータがないと賢くならないですが、人間はセンシングできない領域でも仮説を立て、実験をして、科学という理論の体系を作ってきました。例えば最近ではブラックホールの撮影に成功しました。実際に目に見えないのに、科学はその存在を予見していたんです。人間には新しいものを知るという知性、集団で探求するという知性があるわけです。

 

 

ーーなるほど。人間には探求したいと言う欲求がありますからね。AIには欲求はない。ブラックホールからは光さえ出てこないので、AIには存在を予見しようもない。AIには相関関係を見つけ出す知性、最適化する知性があり、人間には探求する知性があるということですね。


辻井 われわれはAIという知性を押さえ込むのではなく、人間とは性質の異なる知性だということを認識して、それをどう人間の知性と組み合わせるべきかを考えることが重要だと思うわけです。


その組み合わせ方としては、よく言われるように人間がAIのバイアスを修正するというやり方が1つあります。

 


ーーネット上のやりとりデータを基に学習させた対話ロボットが人種差別発言をしないように、データの取り方や学習の仕方を人間が工夫するというようなことですね。


辻井 そうです。データの取り方の設定とかは、人間がするしかないわけです。そこが人間の知性が大きく影響する分野だと思います


でも反対にAIが人間のバイアスを修正するということもあり得ると思うんです。人間にもバイアスがあります。データを見ていると人間のバイアスに気づくことがあります。


例えば病気を診断するときに、専門医はそれぞれ独特の判断基準を持っている。ところがそれをAIで統合することによって、自分にはない判断基準をAIがレコメンドをしてくれるようになる。さらには人間には気づかなかったような判断基準をレコメンドしてくれるかもしれない。つまりAIを導入することで人間の医師の能力が向上するわけです。

 

 

ーーなるほど。GoogleのAIが人間の碁のチャンピオンを打ち負かした時も、同じような話がありました。人間は何千年も蓄積された定石が絶対のものだと信じていた。それ以外の打ち手をあまり考えてこなかった。それってバイアスですよね。でもAIは人間が今までに考えたこともないような大胆な手を打ってきて、碁のチャンピオンを打ち負かしたわけです。今では、そのAIの打ち手を新たな定石として、世界中の碁の愛好者が使うようになったという話を聞きました。AIが人間のバイアスを見つけてくれたおかげで、人間が賢くなったわけです。そういう話ですよね。


辻井 そうです。なので最近我々がよく言うのは、スパイラル状に2つの知性が協力しあって進化していく環境を作る必要がある、ということなんです。

 

 


▼人間とAIは切磋琢磨し共に進化していく

ーー人間の知性がAIを進化させ、進化したAIが今度は人間の知性を進化させる。人間の知性とAIの知性が互いに影響を与えながら、共に進化していくという話ですね。なるほど。確かにヨーロッパの考え方とは、異なりますね。


辻井 そうなんです。ヨーロッパの人たちは、AIと人間が1つの仕事を取り合うようなイメージで話をすることが多いけれど、そんな事はないと思うんです。人間の知性とAIは敵対するものではなく、共に進化する関係にあるんだと思います。

 

 


ーーそういう話を国際会議でしたときのヨーロッパの人たちの反応はどうなんですか?


辻井 「人間とAIが共に進化する」という表現を使うと、何人かのヨーロッパの研究者から「AIが進化するという表現を使うと誤解されるので、気をつけた方がいいよ」というアドバイスをもらったことがあります。

 

 

ーーなるほど。やはりAIが進化すると言う表現に非常にナーバスになっているのかもしれないですね。では、2つの知性がスパイラル上に共に進化していくような環境ってどのような環境になるのでしょうか?


辻井 AIベンチャーがクライアント企業であるメーカーなどに、AIの機能をクラウド上で提供するという形が今は進んでいますが、それだと横のつながりがうまくできないように思います。オープンイノベーションなどという言葉はありますが、実際にはあまりうまく機能していないように思います。


より密に混ざり合える環境。例えば医療関係者と、AIエンジニア、ビジネスマンが混ざり合えるような場をどれだけ作れるか。それがこれからは大事になってくるのだと思います。


つまり研究や技術開発の仕方がかなり変わるように思います。いや変えないとうまく行かなくなるんじゃないかって思います。

 

 


ーー具体的にはどのような環境でしょう?どのような環境にすれば2つの知性が影響を与え合いながら共に進化していくのでしょうか?


辻井 1つは、その領域の専門家、AIエンジニア、ビジネスマンがそろっている会社を作るということでしょうね。


もう1つは、そうした人たちが協調領域でうまくアライアンスが組める場。そういう場を作らないとだめなんじゃないかと思います。


そうしないと次の段階の技術は出てこないと思います。それはGAFAがやろうとしてもできないことだと思う。

 

 


ーー今のGAFAのモデルでは、次の技術が登場してこないのは、どうしてなんでしょう?


辻井 1つは、製造業も医療も、それぞれの領域に膨大なデータがある。そうした業界の権利を守る形でデータ利用の方法を作っていかないと、必要なデータは出てこない。


またもう1つは、現場の技術とAIとが互いに影響を与え合いながら共に進化していかなければならない。今のクラウド型サービスでは不可能です。

 

 

ーー人間の知性とAIの知性とが互いに影響を与え合いながら共に進化していく、という話に通じるものがありますね。例えば製造業で取れるデータを基に、AIがアルゴリズムを作る。そのアルゴリズムを有効に活用するために、製造過程を変えていく。製造過程が変われば新たなデータが取れるようになり、新たなデータをベースに新たなアルゴリズムを作ることができる。つまり現場の技術とAIとが互いに影響を与え合いながら共に進化していくわけですね。それが次のAIの進化の形。GAFAがやっているクラウド型AI提供サービスでは確かに無理ですね。


辻井 そうです。製造業などのステークホルダーの役割って、一般的に思われている以上に次のAIの進化において重要なんだと思います。つまりAI企業と製造業のチーム戦になる。もしくは国や社会の総力戦になってきているのではないかと思います。

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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