「雇用の未来」の著者が推薦するAI時代のスキルとは

AI新聞

AIが人間の仕事を奪うー。2013年に世界に衝撃を与えた論文「雇用の未来」の著者、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授が来日した。株式会社エクサウィザーズ主催の講演会のあと同准教授と個別に話す機会を得たので、「雇用の未来」論文発表後の社会の変化について聞いてみた。

 

 

ーー先生の書かれた論文「雇用の未来」は先進国の世論に大きな影響を与えたわけですが、最初の反応はどのようなものだったのでしょうか? その後変化はありましたか?

オズボーン 論文に対する反応は、段階的に変化していきました。最初の段階では、先進国の人々はかなりショックを受けていたようなに思います。それまでAIが雇用に与える影響について、人々は十分に考えてこなかったのでしょう。論文の公開を受けて、非常に真剣な議論が世界中で巻き起こりました。しばらくすると、今度は論文に対する批判が起こり始めました。私の論文を批判するいくつかの論文は、数字の正確さに対する疑問を投げかけてきました。方法論に対する疑問を呈する論文もありました。しかしそうした細かな批判があったとしても、AIの自動化によって多くの雇用が危機にさらされるという論文の骨子そのものが無効だという主張はありませんでした。一方で、テクノロジーがものすごい勢いで進化し始め社会を大きく変えようとしていることに、多くの人たちが気づき始めました。実際に音声生成技術の完成度が高まり、コールセンター業務に使われ始めるというようなことも起こり始めました。実際に、AIが人間の仕事を代替し始めたわけです。

 

 

ーー多くの人は、まだ不安や恐れの中にいるのでしょうか?AIが引き起こす時代の変化に前向きに対処しようという動きには、まだなっていないのでしょうか?

オズボーン 前向きな反応も増えてきています。ベーシックインカムの議論が出てきていることもその一例でしょう。でもその一方で、少なくとも英米両国では、雇用の変化が政治的状況を不安定にさせているように思います。産業革命のときも政治が不安定になり、大きな社会課題をいくつか引き起こしました。今の英国や米国の政治の不安定が、こうした大きな社会課題の兆しを示しているのかもしれません。

 

 

ーー産業革命のときには最初は事業家だけがうるおい、一般労働者の給与が上昇するまでに50年から60年もかかっています。同じようなことがAI革命でも起こるのでしょうか?

オズボーン 必ず同じような苦しみを味わなければならない、というわけではないと思います。産業革命のときにわれわれは多くのことを学びました。例えば労働組合を作って雇用主と交渉する、ということなどです。この領域で、テクノロジーが一般労働者を手助けするかもしれません。テクノロジーは実業家のためのもののように思われがちですが、労働者が利用してもいいわけです。例えば機械学習がウーバーのアプリに使われていますが、同時にウーバーの運転手たちも自分たち専用のアプリを作ってストライキを起こす、などの手段を取ることも可能なわけです。テクノロジーが問題の解決に使われてもいいわけです。

 

 

ーーなるほど。ところで僕自身もよく質問を受けることなんですが、AI時代に人々はどのようなスキルを身につけていけばいいのでしょうか? AIによって代替されないスキルって、どのようなものがありますか?

オズボーン ソーシャル・インテリジェンスとクリエイティビティーだと思います。

 

 

ーーソーシャル・インテリジェンスってどのようなスキルですか?

オズボーン ソーシャル・インテリジェンスは、人間理解を核とした非常に幅広いスキルのことです。交渉力や、人員管理能力、説得力などが、ソーシャル・インテリジェンスに入ります。

 

 

ーーどうしてAIは、ソーシャル・インテリジェンスの領域に入ってこれないのでしょうか?

オズボーン なぜなら我々人間は、非常に複雑だからです。人間の考えや行動を、完璧に予測することのできるデータセットなど今のところ存在しません。人間は社会的動物です。他の動物の脳と違って、われわれの脳というハードウエアは主に、他の人間とどのようにインタラクションするのか、ということに重点を置いた仕組みになっています。AIというソフトウエアが人間の脳を完全に再現できないことは、当たり前と言えば当たり前です。

 

 

ーー特化型のハードウェアを汎用型ソフトウェアで再現しようとしても簡単にできるものではない、ということですね。では具体的には、どのような仕事がソーシャル・インテリジェンスを必要としているのでしょうか?

オズボーン 管理職、起業家がそうですね。従業員を管理するにはソーシャル・インテリジェンスが必要になってきます。取引先との交渉や、投資家を説得する能力もソーシャル・インテリジェンスです。

メンター的な仕事にもソーシャル・インテリジェンスは不可欠です。ウエイターやウエイトレスもそうですね。人事部の仕事も、ソーシャル・インテリジェンスが必要になってきます。

 

 

ーー確かに。マクドナルドの店員の業務を完全自動化しようと思えばできるわけだけど、それでも人間を雇用し、「スマイルゼロ円」と書いてあります。同社が、ソーシャル・インテリジェンスを重視している証拠ですね。

オズボーン そうだと思います。でも、中にはソーシャル・インテリジェンスを重視しないケースもあります。日本に来て気づきましたが、受付の人の代わりに電話で代替している企業が多いですね。

 

 

ーーそうですね。特にベンチャー企業では、電話が置いてあるだけだったりします。大企業ではソーシャル・インテリジェンスを重視して、受付嬢を置いてるところがまだ多いですけれどもね。さてもう一つのスキルはクリエイティビティーということですが、AIにもクリエイティビティーはあるんじゃないでしょうか?YouTubeで「AI 楽曲」で検索すると、AIが作曲した楽曲が無数にヒットします。

オズボーン そうですね。でもいい曲ってありますか?

 

 

ーーうーん、どうだろう。聞いた感じは、人間が作曲したものとそう変わらないと思いますが。

オズボーン 今はまだもの珍しさからAIの楽曲を聴くひとがいますが、目新しさがなくなってでもAIの曲を楽しむ人がいるでしょうか?

クリエイティビティーに関して新しい議論が出てきています。

例えばAIが何万もの楽曲を次から次にと作ったとします。あなたがその内の1曲を気に入ったとします。クリエイティビティーってどこに存在するのでしょうか?AI側でしょうか?あなた側でしょうか?

 

 

ーーなるほどAIは過去の楽曲のデータを使って無作為に楽曲を作り続けるだけ。その無数の楽曲の中から一曲を選ぶという作業こそが、クリエイティビティーだというわけですね。では碁の打ち手はどうでしょう?アルファGOがリ・セドル氏を打ち負かしたとき、記者会見でリ氏は「こんな打ち手を見たことがなかった。非常にクリエイティブな打ち手だった。コンピューターにはクリエイティビティーがないと言われているが、クリエイティビティーがないのは、同じ定石を何千年も打ち続けている人間のほうではないでしょうか」と語っていました。

オズボーン そうですね。ただゲームは実際の現実社会とは大きくかけ離れています。環境がしっかりと定義されている。ゴールがはっきりと決められていて、そこに向かう過程も全て正確に把握できます。現実社会はゲームと違って、かなりファジーな環境の中で進んでいきます。ゴールは必ずしも1つではなく、また今どのような状況なのかを示してくれる正確なデータも十分に集まりません。

それにAIがゲームの中でクリエイティブな打ち手を見つけてきたとしても、実際にはすでに存在する打ち手を真似ただけかもしれない。クリエイティビティーって何か、どこからくるのか、という先ほどの問いに戻ってしまいます。

 

 

ーーなるほど。確かに現実社会の中では、人間のクリエイティビティーってまだまだ必要な感じがしますね。ところでクリエイティビティーが必要な具体的な仕事って、どんなものがありますか?

オズボーン 芸術などは当然、クリエイティビティーが必要ですよね。あと学者も研究にはクリエイティビティーが必要です。

 

 

ーーでもそういう意味では、すべての仕事にクリエイティビティーが必要になりませんか?

オズボーン その通りです。どの仕事にも、ルーチンワークとクリエイティブワークが含まれます。ルーチンワークはどんどんAIに代替され、クリエイティブワークの部分で人間は活躍することになると思います。

 

 

ーーなるほど。これまで雇用の数が少なくなると言う、量の部分だけが注目されてきたわけですが、質の部分こそがより重要だということですね。同じ仕事の中でも、ソーシャル・インテリジェンスとクリエイティビティーがより重要になってくる。仕事の数が少なくなることを心配するよりも、仕事の質がどのように変化していくのか、今後求められる質の変化に自分がどう対応していくのか、などといったことが重要になるということですね。

オズボーン  そうですね。それと先ほどベーシックインカムの話をしましたが、富をどのように分配していくのかということも、しっかり議論していかないといけなくなるでしょうね。

 

【取材を終えて】

AI時代にどのようなスキルが必要なのか、だんだん見えてきたように思う。やはり対人能力とクリエイティビティーなんだな。対人関係でAIが精度をあげられないのは、人間があまりにも複雑だから。ゴールの設定も難しいし、感情の機微を正確に測るセンサーもない。クリエイティビティーも同じ。結局クリエイティビティーは受け手側の感性に左右されるので、感性のないAIには無理。考えてみれば、今もう既にクリエイティビティーと対人関係重視の傾向は出始めている。今評価されるのは、性格問題ありそうだけど、めちゃくちゃ独創的に動き回っている人か、それほど際立った能力ないけどニコニコしている人かのどちらか。

やがてソーシャル・インテリジェンスと、クリエイティビティーが核にある雇用は残り、ルーチンワークは次々とAIに取って代わられる。一方で、今はルーチンワークが中心の職種でも、ソーシャル・インテリジェンスやクリエイティビティーを加味することで、新たな需要を喚起できるかもしれない。そこに新たなビジネスチャンスがあるのかもしれない。そう思った。

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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