「東京がアジアのイノベーションハブになる」中国人ビジネスマンが東京で起業した理由

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日中米のビジネスの最先端を経験してきた中国人起業家の董 路 (ドン ルー)氏が、第2の起業に選んだ場所は東京だった。理由の一つは、東京の住環境が優れていて中国人エンジニアを呼び寄せやすいから。董(ドン)氏は「東京は21世紀のアジアにおけるシリコンバレーのような存在になる」と断言する。詳しく話を聞いてみた。

 

董 路 (ドン ルー)氏

日本美食株式会社 CEO

1972年生まれ、中国・北京出身。20歳で日本に留学し、1994年に埼玉大学経済学部に入学。同大学を卒業後、ゴールドマン・サックス証券に入社。その後、スタンフォード大学にてMBAを取得し、2004年に中国に帰国。外資系コンサル、ベンチャーキャピタルを経て、2社のベンチャーを立ち上げる。2014年に事業を売却し、日本に拠点を移す。2015年12月、日本美食株式会社を設立し、外国人観光客向けマルチ決済と飲食予約サービスを展開中。

 

中国企業がまだ日本市場を攻めないのは畏敬の念のせい

 

ーードンさんは、アジアの起業家にとって東京がハイテクベンチャーの起業に最も適したマーケットであるとおっしゃてます。なぜそう思うのですか?

 

ドン氏  

3つ理由があります。1つはマーケットが十分に大きく、しかも戦いやすいということ。2つ目は人材集めに有利、という点、3つ目は、起業コストが安いということです。

 

ーーちょっと待ってください。マーケットが大きい?中国の方がマーケットは断然大きいじゃないですか。

 

ドン氏  

確かにそうですね。でも、とはいえ日本は世界第3のマーケットです。十分に大きなマーケットです。にも関わらず競争はそれほど激しくない。中国の競争は、ものすごく激しいんです。

 

日本でペイメントのビジネスの競争が激化している、と言われます。ある会社が顧客獲得コストとしてキャッシュバックのキャンペーンに3ヶ月100億円用意しました。 領域は異なりますが、中国のライドシェアのベンチャーがキャッシュバックのキャンペーンに1ヶ月で1000億円使っています。もちろん中国とは潜在顧客数が違いますが、100億円って中国のキャッシュバックキャンペーンの3日分です。たった3日分です。100億円のキャッシュバック資金の話を聞いたとき、日本ではその程度の金額で戦えるんだって驚きました。中国ベンチャーって、ものすごくアグレッシブなんです。

 

ーー中国ベンチャーがアグレッシブだという話はよく耳にします。googleの元中国支社長も、そんな話をどこかでしていました。二番煎じであろうとなかろうと、モノマネであろうとなかろうと、とにかくユーザーに受け入れられるものをがむしゃらに作ってくる。同支社長は、いずれ中国IT企業が米国のIT企業を凌駕するようになる、というような感じのことを言ってました。

 

ドン氏  

中国本土はもちろん、東南アジアでさえIT業界は日本よりは競争が激しいんです。というのは、東南アジアの大手ITベンチャーには、米中の資本が必ず入っています。特に東南アジアのeコマース、シェアリング、ペイメントの上位3位のベンチャーの後ろには中国IT大手がいて、東南アジアで代理戦争を繰り広げているんです。なので競争は、ものすごく激しいです。世界中のITビジネスの領域に、中国IT大手は入っていこうとしています。

 

ーー中国のIT大手が日本市場に入ってこないのはどうしてなんでしょうか。

 

ドン氏  

ガラパゴスだからではないでしょうか。ガラパゴスって最高なんです。

 

ーーえ?ガラパゴスっていいことなんですか?ガラパゴスって、制度上の閉鎖性ということですか?

 

ドン氏  

いや文化と心理的なバリアの方が大きいと思います。中国の電化製品って、ものすごくよくなってきているのに、日本ではまだほとんど売れていません。例えば中国製スマートフォンは最近とても性能がよくなっています。でも日本ではほとんど売れていないですね。日本人消費者側に、まだ中国製品に対する抵抗があるみたいですし、それ以上に中国企業側に日本に対する畏敬の念があるように思います。中国企業側にすれば、日本は長年の技術大国。まだまだ勝負するのが怖いと思っているようにみえます。まずはほかのアジア諸国を攻め終わったあとの最後の砦として、日本市場を残しているように思います。

 

日本の住環境のすばらしさに中国人エンジニアはびっくり

 

ーー十分に市場が大きいのに競争が激しくない。起業するには、すばらしい市場だということですね。では2つ目の人材集めに有利だという話はどうなんでしょう。中国には理系の学生が年間何百万人も卒業しているという話を聞きます。人材集めは中国の方が有利に思えるんですが。

 

ドン氏  

中国の大学の理系の卒業生は年間400万人。日本の理系卒業生数とは桁が一つ違います。ただ人口も日本の10倍なんで、特にエンジニアが余ってるわけでもありません。その証拠に、北京、上海、深センなどの大都市のエンジニアの年収は、日本円で1000万円以上です。エンジニアは東京より高給取りなんです。

 

ーーそれなら日本企業が中国人エンジニアを雇うのって余計に難しいですよね。

 

ドン氏  

金額ベースでは中国の方が上かもしれませんが、可処分所得ベースで考えると東京で就職した方が有利なんです。例えば北京、上海のマンション価格は、東京の倍です。もしいい車に乗りたいのなら輸入車ということになりますが、輸入車の価格も東京の倍。もし食にこだわる人で、日本の米を食べたいのなら、東京の2倍から5倍の値段を払わないといけない。出産費用もそう。綺麗な私立の病院で産みたいのなら数百万円かかります。私自身、風邪をひいて外資系の私立病院に行ったら、保険適応外になるので10万円請求されました。子供をインターナショナルスクールに入れるのなら300万円以上かかります。日本の教育は公立でも素晴らしいレベルですよね。

 

中国で年収1000万円あったとしても、日本と同じようなライフスタイルを送ろうとすると、お金が全然足りません。また中国でどれだけお金を稼いでも、中国の大都市の大気汚染、水質、渋滞からは逃げれられません。

 

シリコンバレーの成功の理由の一つは、山や海などの自然に恵まれている一方で、サンフランシスコのような文化圏があるからだと思います。東京は文化でサンフランシスコに負けていませんし、自然もそう遠くはありません。

 

何より中国に帰省するにも、2、3時間で帰れます。韓国にも東南アジアにも近い。アジア人にとっては、シリコンバレーで起業するよりも断然便利です。

 

ーードンさんの会社では、エンジニアは中国から採用したのですか?

 

ドン氏  

従業員30人ほどの小さな会社なんでエンジニアは6人しかいませんが、全員中国人です。うち5人は中国から呼び寄せました。東京での生活環境の話をしたらみんなびっくりして、中国の給与相場より低い金額で来てもらいました。

 

ーー中国人エンジニアって日本人エンジニアと同等に優秀なんでしょうか?

 

ドン氏 

はい。特に中国は決済、シェアリングなどの領域のビジネスモデルでは世界最先端です。そうした領域で経験のあるエンジニアは、日本企業にとっても強い助っ人となるはずです。

 

ーー決済、ペイメントの領域では、中国がものすごく進んでいるという話はよく耳にします。現金よりモバイルペイメントのほうが数段便利で、現金しか持たない日本人観光客は困るぐらいだということですよね。一方シェアリングってどんなビジネスモデルがあるんですか?自動車や自転車のシェアリングは理解できるのですが、ほかにどんなのがあるのでしょう?

 

ドン氏 

例えばモバイルバッテリーや傘のシェアリングです。街中にモバイルバッテリーを借りることのできる自販機があって、ある場所で自販機からバッテリーを取り出し、充電が終わると別の場所の自販機に返せます。すべてスマホ決済なので、その場で瞬時に借りることができます。傘も同じ。1つの場所で借りて、別の場所で返せます。

 

起業を支援する諸制度にびっくり

 

ーーなるほど。外国人エンジニアにとって、生活面での東京のメリットはよく分かりました。3つめのポイントである起業コストが低いというのは、どういう話ですか?

 

ドン氏  

制度的な話です。先ほどの素晴らしい住環境、生活コストの話にも関係する話ですが、就労ビザを持っていて税金を納めていれば、外国人でも国民健康保険に入れます。

 

ーー外国人でも国民健康保険に入れるんですか?

 

ドン氏  

就労ビザを持っていれば誰でも加入できます。アメリカでは皆保険制度がないし、民間の健康保険は高額です。ところが日本で出産すれば祝い金ももらえるし、子供手当てももらえる。義務教育はレベルが高いのに無料。これから子供を産んで育てようという若い中国人エンジニアにこの話をすると、皆、びっくりします。

 

あとアメリカでは就労ビザを取るのが、結構大変です。でも日本ではわれわれのような創業3年未満の会社でも、就労ビザのスポンサーになれます。また高学歴のエンジニアのような高度人材だと、条件を満たせば1、2年で永住権を取得できます。アメリカの永住権とは大違いです。

 

また資金調達しやすいというメリットもあります。わたしは海外留学経験や、起業経験もあり、中国にとっても高度人材だと思うのですが、中国系金融機関からは融資してもらったことがありません。一方で日本では創業支援融資など、無担保で数千万円借りることのできる制度がいろいろあります。しかも極めて低金利。ベンチャーにとっては非常にありがたい制度です。

 

社会秩序も整っているし、株式会社は資本金がたった一円ででも作れる。オフィスの賃料も敷金は高いけど、坪単価は安い。

 

すごくいい条件が揃っているんです。

 

ーーこれだけ条件がいいのなら、アジアから起業家が集まって来そうですね。

 

ドン氏  

はい、東京って21世紀のアジアのイノベーションのハブになるんじゃないかって思います。でもまだこうした起業に有利な状況のことを知ってる人は少ないんですが。

 

ーーこうした話を中国に向けて情報発信していますか?

 

ドン氏

いや、あまりしてないです。

 

ーーしてないんっすか(笑)。まあ競合が増えても困りますからね。

 

ドン氏  

そうですね(笑)。でも健全な競争は大歓迎ですよ。それにまだ認知度は低いですが、Invest Tokyoなどといった外国ベンチャー企業誘致のプログラムもあるので、外国人起業家による東京での起業がこれからどんどん増えてくるんじゃないでしょうか。

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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