AIが進化するなら人間も進化しなきゃ Transformative Technology Conferenceに行ってきた

AI新聞

11/9、11/10の両日、米シリコンバレーで開催されたTransformative Technology Conference に参加してきた。同カンファレンスの主催者によると、transformative technology とは、メンタルとエモーショナル、サイコロジカルな面において人間の進化を支援する技術のことらしい。簡単に言うと、不幸な人を幸せにし、幸せな人をさらに幸せにする技術ということになると思う。

心理学で有名なマズローの欲求5段階説で説明すると分かりやすい。人間の欲求は「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」の5段階のピラミッドでできていて、人は衣食住に満足すると、人に認められたいという欲求や、好きな仕事で成功したいという欲求が出てくるという。それがマズローの欲求5段階説だ。

同カンファレンスの主催者によると、これまでのテクノロジーは下の「生理的欲求」「安全欲求」の2段階を満たすためのものが中心だった。しかし最近では上の段階を満たすためのテクノロジーが増えてきており、上の段階を満たすテクノロジーのことをtransformative technologyと呼んでいるらしい。

おもしろいのは、「自己実現欲求」の上にもう一つ「自己超越欲求」という段階があることだ。主催者によると、マズローは欲求5段階で有名になったが、実は死の直前に「自己実現欲求の上に自己超越欲求がある」と主張していたらしい。自分の可能性の限りに生きることを自己実現とするならば、自己超越は自分の可能性を超えるということ。つまり、人間は自分の生まれ持った身体的条件をはるかに超えるパフォーマンスを出すことが可能だし、そうすることを望むようになる。マズローは最後にそう気づいたのだという。

同カンファレンスの主催者たちは、人間の精神の状態に応じて、異なるテクノロジーが適用されると考えている。①今既にうつ病やノイローゼなどの精神的な疾患を持っている人たちを支援するための技術。②精神疾患は持っていないが、社会や企業の中で他の人たちとうまくやっていくための技術。③そして社会でうまくやっている人たちが、さらに精神的能力を高めるための技術だ。③には、自己超越のための技術も入っているようだ。精神的能力の拡張とは、人間の器を大きくするというような意味なのだと思う。仏教で言えば、悟りの境地のようなものかもしれない。主催者の一人Jeffery Martin博士は、悟りのような精神状態のことをPersistent non-symbolic experience(PNSE)と呼び、長年この分野を研究しているそうだ。

つまりtransformative technologyは、人々を幸福にするだけでなく、人格面で人類をさらに進化させるための技術、ということになる。人類を次のフェーズにトランスフォームする技術というわけだ。

AIのように急速に進化するテクノロジーは、人類を幸せにすることも、地球を破滅に導くこともできる、諸刃の剣だ言われている。使う側の人間が、恐れにまみれて自己中心的であれば、地球の破滅は免れないだろう。そうならないためにも、使う側の人間が人格的に進化していく必要がある。transformative technologyはそのための技術なのだろう。

しかしそうした社会的意義だけではなく、transformative technologyはビジネス面でも有望な技術だという。

主催者たちの試算によると、市場規模は3兆ドルにも膨れ上がるという。人を幸せにするための技術的分野という定義にすれば、医療から教育、運動まで、ありとあらゆる産業を含むことができるので、当然巨大市場ということになる。なので、この市場規模資産は、あまり意味がないと思う。大事なのは、消費者が心身の健康のためにより多くのお金を使う傾向にあるのかどうか。

主催者たちは、特に若い世代の間に心身の幸福を重視する傾向が強まっていると主張している。例えば、米国の30代は、可処分所得の1/4を心身の健康のために費やしているという。また20代と30代の69%が健康のためのウェアラブル端末を持っているし、大学生の60%は精神的助けを求めることは強さの証だと感じているとしている。

確かに自分の経験から言っても、先進国の若者の価値観は大きく変化しているようには思う。ただだからと言ってtransformative technologyが、急成長の約束された市場であるかどうか、僕には分からない。若者がウエアラブル端末を持っているという話ぐらいでは、根拠が弱いように思う。このページの最後に、今日のtransformative technologyを代表するようなデバイスやサービス、アプリの一覧のスライドを添付しておく。興味のある方は、これらの中に社会を大きく変えるようなものがあるかどうか、調べていただきたい。少なくともカンファレンスで展示されていた製品やサービスで、僕を驚愕させたものは1つもなかった。

一方で、同カンファレンスでの神経科学などの研究者による発表の中には、驚くような話が幾つもあった。AI、機械学習の急速な進化が、自然科学、社会科学ともに、大きく進化させていることがよく分かった。こうした研究成果は、いずれビジネスの現場に降りてきて、産業界や社会を一変させることになると思う。そういう意味において、transformative technologyは世界を変える動きになると思う。これからが期待される領域だと思う。

これから何回かに渡って、カンファレンスで発表のあった研究成果の幾つかをAI新聞上で取り上げ、transformative technologyの今後を占っていきたいと思う。

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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