「雇用の未来」のオックスフォード大准教授が、日本のAIベンチャーの顧問になった理由

AI新聞

AIが進化すれば人間の仕事がなくなる!?。雑誌、テレビで、いまだによく取り上げられるテーマだ。マスコミだけではなく、政府機関やシンクタンクなどからも、同様のテーマの報告書が数多く出ている。実はほとんどの報告書のネタ元になっているのが、英オックスフォーオド大学マイケル・オズボーン准教授の「雇用の未来」という論文だ。この論文で世界の世論に大きな影響を与えたオズボーン准教授がこのほど、日本のAIベンチャー、株式会社エクサウィザーズの顧問に就任した。同准教授によると、同准教授がアドバイザーを務めるのはエクサウィザーズだけだという。どうして同准教授は、エクサの顧問になろうと思ったのだろうか。その理由を聞いてみた。

 

 

ーー顧問になる前に、エクサウィザーズの名前を聞いたことがありましたか?

オズボーン准教授  申し訳ないです。聞いたことは、ありませんでした。

ーーではどうして顧問になろうと思ったのですか?

オズボーン准教授  昨年日本の文科省に呼ばれて、東京で講演したんです。その際にエクサウィザーズ の石山洸社長(当時)と知り合い、意気投合しました。石山さんが語ってくれたエクサのHRの領域でのビジネスは、わたしにとって大変興味深いものでした。彼もまた、私の研究が今後、職業スキルの未来やHRの領域に影響を与えるであろうことに大きな関心を持ってくれたみたいです。われわれはまた、個人のデータが仕事の未来に関係するアルゴリズムの開発にとって、非常に重要であるという認識も共有しました。そのほかにもエクサウィザーズ が目指している方向性と、私がこれから目指したい研究領域が非常に似通っていることに気づきました。なので顧問のお話をいただいたときは、とてもうれしく思いました。

ーーエクサ以外の民間企業に関わっておられますか。

オズボーン准教授  英国で、Mind FoundryというAIベンチャーを自ら共同創業し、チーフ・サイエンス・オフィサーとして関わっていますが、それ以外ではエクサだけです。

ーー先生はHRテックの専門家ではないとお聞きしたのですが?

オズボーン准教授  「雇用の未来」という論文が大きな反響を得たので誤解されることが多いのですが、ベイジアン機械学習という領域が私の専門なんです。

ーー名前は聞いたことはあるのですが、ベイジアンってどんな技術なのでしょうか?

オズボーン准教授  ベイジアン機械学習は、より法則性のあるアルゴリズムの開発を目指している研究領域です。社会一般で機械学習を利用する際の懸念の1つは、アルゴリズムがあまりよく理解できないというところに原因があります。その結果、結論にバイアスがかかっていて、人間の観察者には理解不能なことがあります。こうしたアルゴリズムが、自動走行車など、非常に重要な判断を下さないといけない場合、安全性に疑問が残るわけです。ベイジアンの研究者たちは、信頼性を保証できるようなアルゴリズムの開発を目指しています。

ーーはい、AIの中身がブラックボックスだという批判はよく耳にします。AIが「〇〇という事態が〇%の確率で発生します」と予測しても、その根拠が分からない。根拠が分からないので予測を鵜呑みにするのが怖い、という批判です。例えば自動走行車のAIが、「対向車線に入って追い越しをかけても事故を起こさない確率は99%です」と判断しても、根拠が分からない。根拠が、前方1キロ先の地点までの監視カメラに対向車が一台も写っていないというものなら、安心できます。でも「過去の土曜日の11時に車線変更して事故を起こした件数がほとんどないので」というような根拠であるのなら、追い越しはかなりのリスクです。ほとんどのAIの出す結論は、その根拠がなんであるのか、まったく分からない。分からなければ、怖くて追い越しできないですよね。

オズボーン准教授  そうなんです。 ほかにも説明可能なアルゴリズムを開発する手法がありますが、ベイジアンはそのうちの1つということです。わたしのHRとの関わりは、論文「雇用の未来」を執筆する際に携わったというぐらいです。

ーーほかにはどのような領域の研究をこれまで手がけてこられたのですか?

オズボーン准教授  機械学習を、いろいろな科学の領域に応用してきました。宇宙統計学から、鳩のナビゲーションの仕組みの解明まで、いろいろ手がけてきました。

ーー鳩のナビゲーションの仕組みの解明って、おもしろいですね。でもその前に宇宙統計学で、どんな風に機械学習を応用したのですか?

オズボーン准教授  宇宙にわわわれ以外の文明があるのかを探るのに、機械学習を応用してきました。遠く離れた銀河系から、いろいろなデータが地球に届いています。ベイジアン機械学習を使って、こうしたデータの不確実性と取り組んでいます。データが非常に遠くから送られてくるため、データにはノイズが含まれます。それぞれのデータを、どれぐらいの確率で信頼していいものかを、ベイジアン機械学習で判断できるわけです。

ーーなるほど。では鳩のナビゲーションのメカニズムの解明ってどういうことなんでしょうか?

オズボーン准教授  鳩がどのような仕組みで自分の巣に戻るのかを調べるわけです。

ーーえ?巣に戻るメカニズムって解明されたんですか?

オズボーン准教授  いえまだです(笑)。でもいくつか仮説はできてきました。目立つ建物などを目印にしているのではないか。幹線道路を目印にしているのではないか、などといった仮説です。

ーー人間が作ったものを目印にしているって、おもしろいですね。ほかにはどんな研究をしてきましたか?

オズボーン准教授  本当にいろいろなことにベイジアン機械学習を応用できるのですが、もう一つだけ例を挙げましよう。電池の寿命予測にもベイジアン機械学習を使った研究をしました。電気自動車にとって、あとどれくらい電池がもつのか正確に知ることは非常に重要です。電気自動車の普及の妨げとなっている原因の1つが、電池の寿命や減り具合を正確に予測できないことにあると思うんです。目的地に到着するために十分な電池があるのかどうか分からなければ、とても不安ですから。

ーーそうですね。どうやって電池があとどれくらいもつのかを正確に把握できるのですか?

オズボーン准教授  いろいろなセンサーデータを使います。電流の流れもそうですし、気温も重要なデータです。充電にかかる時間なども重要なデータです。これらのデータには、残念ながら多くのノイズが含まれます。こうしたノイズの不確実性をベイジアン機械学習を使って認識して、電池の故障が近づいているのかどうか検知できるわけです。

ーーなるほど。いろいろな領域に使えるんですね。

オズボーン准教授  そうですね。いろいろできますね。

ーー先生ご自身が経営されている会社では、どんなことをされているのですか?

オズボーン准教授  経営しているというより、単なる共同創業者ですね。Mind Foudryという会社です。ビジネスにわたしの時間をすべて費やすわけにはいかないので、チーフ・サイエンス・エグゼクティブという肩書きで関わっています。
もともとオックスフォード大学でやっていた研究を、リアルなビジネスに応用しようという会社です。

ーーどんな製品があるんですか?

オズボーン准教授  機械学習の自動プラットフォームを提供しています。

ーー機械学習の自動プラットフォーム?大量のデータさえ入力すれば、数あるアルゴリズムの中から最も適したものを選んで組み合わせて、そのデータに最適の予測モデルを自動的に作ってくれるという感じのものですか?日本ではDataRobotという製品が人気なんですが、同じようなものですか?

オズボーン准教授  はい、同じようなことを目指しています。ただDataRobotに比べて、われわれのプラットフォームはより包括的な仕組みだと考えています。DataRobotは、分類や回帰といった機械学習のコアな機能が中心だと思うのですが、われわれのプラットフォームは、アルゴリズムのエコシステムのようなものです。実際に機械学習をビジネスに利用しようとするときに、最大の課題はどのアルゴリズムを選ぶのかということではなく、不揃いのデータをどう整えるのか。つまりデータの前処理が、最大の課題である場合が多いと思います。

ーーなるほど。どの計算式を使うのかという選択の前に、データを整えるという問題があるというわけですね。例えば日本の場合、日付のデータって年号と西暦の両方がありますが、どちらか一方に合わせたりするような、いわゆるデータの前処理が結構大変な作業だったりします。中にはデータが欠損している場合もあるでしょうし。そうした不揃いのデータを、使えるようなデータに変えるという作業が、Mind Foundryの得意技ということですか?確かに不確実性を考慮に入れることができるベイジアン機械学習が得意とするような作業ですね。

オズボーン准教授  はい。またそうした前処理だけではなく、予測モデルができた後の部分、つまり結果を分析したり、どういう結論につなげるのかという部分も、自動的に最適化できるような仕組みになっています。

ーー実際のアルゴリズムの選択だけではなく、前と後ろの自動化ができるということですね。ただDataRobotもある程度、自動化できると思うのですが。

オズボーン准教授  はい、ですが自動化するだけではなく最適化することが、われわれの製品の最大の特徴です。そこには私が長年研究してきたベイジアン最適化という技術を応用しています。例えば油田の採掘という実際のビジネスに機械学習を応用した場合、採掘場所を正確に提案できないとかなりの額の損失につながります。なので、データ前処理からアルゴリズムの選択、調整、そして分析、結論の行程まで、できる限り不確実性を考慮して最適化しておく必要があるわけです。ベイジアン最適化が、威力を発揮する領域です。Mind Foundryのプラットフォームはどのような領域にも利用可能ですが、油田採掘のように特に膨大なコストがかかるプロジェクトにとって、とても価値があるものだと思います。

ーー製品名は何というのですか?

オズボーン准教授  2つの製品があります。1つはAuDas。Automated Data Scientistの略です。データサイエンティストの作業を自動的で行うプラットフォームで、DataRobotのようなものです。そしてもう一つがOPTaaS。Optimaization as a Serviceの略で、ベイジアン最適化のプラットフォームです。

ーーこれらの製品は日本からでも使えますか?

オズボーン准教授  使えますが、まだ日本ではプロモーションしていません。エクサウィザーズ との協業の中で、日本でも積極的に展開していければなって思っています。

ーーそのほかの領域で、エクサウィザーズとの協業を考えているところってありますか?

オズボーン准教授  エクサウィザーズ は、AIを使って人間の幸福を追求していますよね。例えば、高齢者ケアの問題をAIで解決しようとしています。そういった部分でも協力していきたいって思っています。日本は高齢化が進んでいるので、世界に先駆けて有効なデータを入手できるのではないかと思います。日本で得たデータは、ほかの先進国にとっても、価値あるものになるのではないでしょうか。

インタビューを終えて

だれかと一緒に仕事をする上で大事なことって、やはり最後は人柄や相性なのだと思う。エクサウィザーズの石山氏は、非常に優秀なのにとても謙虚。キレ者のイメージはなく、どちらかと言えば、ゆるキャラのような見た目。オズボーン氏も、当然とても優秀なのだろうが、非常に気さくな人物だった。僕が幼稚な質問をしたり、同じ質問を何度も繰り返しても、嫌な顔一つせずに、丁寧に説明してくれた。そして37歳のオズボーン氏と36歳の石山氏は、学年で見れば同級生。同い年だということも、二人の距離を縮めた一因になっているのかもしれない。

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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