今回のコラムでは、ブロックチェーン、その中でもBlockstackの仕組みについて詳しく見ていきたい。
ブロックチェーンは、ネットワーク内で発生したデータのやり取りの記録を「ブロック」と呼ばれる記録の塊に格納する仕組み。個々のブロックには、やり取りの記録に加えて、1つ前に生成されたブロックの内容を示すハッシュ値と呼ばれる情報などが格納される。生成されたブロックが、鎖のように時系列につながっていくデータ構造になっているので、ブロックチェーンと呼ばれる。
データのブロックが次々とつながっていけば膨大な長さのチェーンになるはずだが、1つ前のブロックのデータをハッシュ関数という関数にかけて小さなデータにすることで、データの巨大化を防いでいる。過去のデータを改ざんしようとするとハッシュ値が異なる数字になるため、改ざんを見抜くことができる仕組みだ。
と、こんな風に書くとちょっとややこしいけど、簡単に言うと「ブロックチェーンはデータをみんなで共有する台帳」という理解でいいと思う。みんなで最新の台帳のコピーを共有しているので、だれか一人が改ざんすることは不可能、ということだ。
このブロックチェーンの仕組みをベースにしたBlockstackが、次のパラダイムの基礎技術として有望だと著名作家のGeorge Gilder氏は主張している。
BlockstackのRyan Shea氏によると、Blockstackは、非中央集権型アプリのための新しいインターネットだという。といってもインターネット回線を新しく世界中に敷設するわけではなく、今あるインターネット回線のハードウェアの上に、インターネットプロトコールというソフトウエアの層があり、その上にブロックチェーンのソフトウエア層を置き、その上にBlockStackのソフトウエア層を置く。さらにその上に非中央集権型アプリが乗るイメージだ。
非中央集権型アプリとは、中央集権型アプリではないアプリのこと。AmazonやFacebook、Google検索、Twitterなど、インターネット上で普及しているアプリ、サービスのほとんどが、中央集権型だ。
反対に非中央集権型の代表例は、電子メール。gmailやoutlookメールなどといった電子メールソフトやアプリは各社が自前で出しているが、メールをやり取りする根本的なルールや仕組みそのものは過去に決められたものをみんなで守っているだけ。運営主体がいるわけではない。ファイル共有のBitTorrentや、仮想通貨のBitcoinなども、非中央集権型のサービス。決められたルールを守っているだけで、だれかに運営面での絶対的な権力があるわけではない。インターネット自体も非中央集権型のネットワーク。どこかの企業が1社でインターネットを管理しているのではなく、参加する通信事業者全員がインターネットのプロトコールやルールを守ってみんなで運営している。
メッセージングやチャットは今のところ中央集権型だが、もしメッセージングやチャットが電子メールのような非中央集権型であったなら、FacebookメッセンジャーからLINEやSkype、Slackにメッセージが送れるようになる。幾つものメッセージングアプリに常にウォッチする必要がなくなるわけだ。
もしTwitterが非中央集権型だったなら、LINEの上に各種ゲームやお絵かきアプリ、音楽アプリなどが乗っているように、Twitter向けにも各種サービスが開発されていることだろう。
もしLINEが非中央集権型だったなら、LINE上に乗るサービスはLINEの自社製だけではなく、サードパーティが開発したサービスも乗ってくることだろう。
つまり非中央集権型サービスのメリットは、多くの企業が参加できるのでサービス間の切磋琢磨がイノベーションを生み多様性に富んだサービスが生まれる、ということだ。逆に中央集権型サービスのメリットは、1つの企業が責任を持って一貫した世界観でサービスを提供できるということだ。中央集権型のメリットは、プライベート・ネットワーク効果と呼ばれ、非中央集権型のメリットはパブリック・ネットワーク効果と呼ばれる。AIxクラウドの時代から、AI x ブロックチェーンの時代への変化は、プライベート・ネットワーク効果の時代からパブリック・ネットワーク効果の時代への移行、という見方もできるわけだ。
ブロックチェーンに乗るのはアドレス情報だけ。アプリは事業者、個人データはユーザーが管理
さてBlockstackのRyan Shea氏によると、Blockstackでは非中央集権型サービスを簡単に開発できるように基本的な機能をBlockstack側で提供しているのだという。
基本的機能の1つは、Blockchain Name System。ユーザーやアプリの名前と暗号鍵、ルーティング情報を格納するデータベースだ。インターネットのウェブサイトのアドレスを管理する仕組みのようなものだ。
またBlockstackでは、3つのAPI(アプリの接続窓口)を提供している。1つは「アイデンティティAPI」。例えばアプリやウェブサイトで会員登録する際に、個人情報を細かく入力しなくてもFacebookやGoogleのIDをそのまま使うことができるが、同様の仕組みをBlockstackも提供している。ただBlockstackは、非中央集権型。ユーザーの個人情報が企業のサイトにあるのではなく、ユーザーの端末に格納されている。アプリは、ユーザーの端末のAPIを通じて登録に必要なユーザーの個人情報を取得する形になる。
2つ目は「ストレージAPI」。同様に非中央集権型なので、データはすべて個人ユーザーの端末に格納されている。今は、Amazonでのユーザーの購買履歴はAmazonが持っているが、Blockstackの仕組みでは購買履歴はユーザー自身が持つことになる。ユーザーの端末には、Amazonや楽天、Yahooショッピングなど、すべてのサービスの購買履歴が格納されるようになり、そうした全ての購買履歴を基にしたレコメンデーションが可能になる。
3つ目は「トークンAPI」。Bitcoin、イーサリアムなど複数の仮想通貨を利用できるAPIが用意されている。
開発者は、この3つのAPIを使って非中央集権型アプリを開発できるという。「アプリ側では、ユーザーデータの管理の必要なく、アプリをリリースし、アップデートをリリースするだけでいいんです。すべてはユーザーのコンピューター上で計算処理されるんです」とShea氏は言う。
Blockstackでは、アプリ開発者へのインセンティブとしてトークンを発行。アプリが利用されればされるほど、アプリ開発者が儲かる仕組みを提供するという。Shea氏は「大手が抱える開発者の総数より、大手以外で働く開発者の総数の方が圧倒的に多い。大手以外の開発者が儲かる仕組みを作れば、時代は必ず非中央集権型へ移行するはずだ」と語っている。
Blockstackの仕組みを簡単にまとめると、Blockstackのブロックチェーンにはユーザーや事業者がどこにいて、それらを結びつけるのにはどのルートでデータを送受信すればいいか、という管理目的のデータが格納されているだけ。その上に乗るアプリのプログラムは事業者のコンピューターに格納されていて、ユーザーのプロフィールや利用履歴などのデータは、ユーザー個人のコンピューターに格納される。そういう仕組みだ。
さてブロックチェーンの仕組みを使って非中央集権型のアプリを開発できるプラットフォームは、Blockstack以外にもイーサリアムなど幾つか存在する。なぜGilder氏はBlockstackが有望だと考えるのか。
Gilder氏は、Blockstack次のパラダイムにふさわしい理由を4つ挙げている。
1つは、論理的に1つに集約されているが、中央集権ではない、ということ。
2つ目は、データとのフィールドと管理のフィールドが別だから。「イーサリアムなど、ほかの仕組みはこの重要性を理解していない」とGilder氏は言う。管理のフィールドが異なることで、例えばセキュリティーの新しい技術が登場すれば、データはそのままで、新しい技術を次々と採用していける。「これこそが究極のスケーラブルなシステムだ」とGilder氏は言う。
3つ目は、既存システムと最初から直接対立するものではないから。既存勢力に対抗しようとすると、既存勢力は全力で潰しにかかってくる。「Blockstackは、既存のインターネットの仕組みの上に乗る。Blockstackは既存のIT大手とは、直接的には対立しない。やがて多くのユーザーが自分のアイデンティティやデータを大事に思うようになる中でBlackstackへの移行が静かに始まり、いずれ大手と立場が逆転することになるけれど」とGilder氏は言う。
4つ目は、ブロックチェーンは信頼と真実のネットワークというだけで、特に優れた機能を持っていないから。Gilder氏は、情報理論に関する本を何冊か書いているが、情報理論の重要なコンセプトの1つに、低いエントロピーキャリアがクリエイティブな高いエントロピーキャリアを生む、というものがある。「ブロックチェーンは低いエントロピーキャリア。信頼と真実のネットワークというだけで、びっくりするような使い方があるわけではない。だがその上にびっくりするような使い方が生まれる」とGilder氏は指摘する。一見シンプル過ぎるように見えるプラットフォームのほうが、よりクリエイティブなアプリを数多く産む土壌となる、ということらしい。
今年のBlockstackの年次カンファレンスで講演したGilder氏は、「Blockstackが、勝者一人勝ちのインターネットから、だれもが勝者になれるインターネットへの移行をリードするだろう」と語った。果たしてGilder氏の予想通りに、パラダイムシフトが起こるのかどうか。まずは7月16日に発売となる同氏の書籍「Life After Google」がどの程度、欧米で話題になるのか。それを見極めたいと思う。