AIクラウドの覇者が史上最大の企業になる!?

AI新聞

マサチューセッツ工科大学のオウンドメディアMIT Technology Reviewは、「How the AI cloud could produce the richest companies ever」というコラムを掲載。AIを搭載したクラウド・コンピューティング・サービスで覇権を握った企業が、史上最大の企業になるという考えを示した。また的確な予測で定評のあるFuture Today Instituteのレポート「2018 Tech Trends Report」でも、AIクラウドをテクノロジー業界の重要トレンドの一番最初に取り上げている。AIクラウドって、本当にそんなにすごいトレンドなんだろうか。

AIクラウドはB向け、クラウドAIはC向け

その前に、まず言葉の定義を確認しておきたい。AIクラウドとは、AmazonのAWSやMicrosoftのAzure、GoogleのGoogle Cloud Platformのようなクラウド・コンピューティング・サービスが進化して、AIの機能を多く載せるようになったもの。もう既に画像認識、音声認識、顔認識、音声生成などの基本的なAI技術がクラウド上に搭載されているが、今後さらに多くのAI機能が搭載されるようになるとみられている。

一方でよく似た言葉で「クラウドAI」という表現がある。iPhoneのsiriやAmazonのAlexa、LINEのClovaなどのデジタルアシスタントが、ありとあらゆるデバイスに搭載される、というような概念だ。デジタルアシスタントのAIがクラウド上に存在し、いろいろなデバイスを通じてユーザーを支援するので、クラウドAIと呼ばれる。日本ではLINEの舛田 淳さんがこの表現を使っているし、僕もこの表現を使って記事を書いたことが何度かある。新しい概念なのでまだ1つの呼び名に収れんしていないが、米国では最近はアンビアント・コンピューティングなどという言葉で、この概念が表現されることが増えてきているようだ。

似ているのでややこしいが、AIクラウドは「AIを搭載した企業向けクラウド・コンピューティング」で、クラウドAIは「ネット上のAIがいろいろなデバイス通じて消費者を支援するサービス」ということになる。企業向けか、消費者向けか、という違いだ。

素人でもAIモデルを作れる時代に

さて話をAIクラウドに戻そう。先日、GoogleのAIサービスを使ってラーメン二郎の画像から店舗名を言い当てるAIが簡単に作れた、というニュースがあった。使用されたGoogleのサービスはGoogle AutoML Visionと呼ばれるAIクラウドだ。

インターネット上から集めたラーメン二郎のラーメンの写真に、その写真がどこの店舗で撮影されたものであるかという「ラベル」データをつけ、Googleのクラウド・コンピューティング・サービスにアップロードするだけ。それだけでAIモデルが作成され、ラーメン二郎で撮影された新しい写真をそのモデルに見せると、どこの店舗のラーメンであるかを94.5%の精度で言い当てたという。

AIエンジニアやデータサイエンティストなどの専門家の知識なしに、素人でもAIのモデルを作ることができるわけだ。

確かに便利なのだが、果たしてAIクラウドは、そこまで大きな市場になるのだろうか。

先手必勝、三つ巴の戦いへ

MIT Technology ReviewのPeter Burrows氏によると、機械学習を商用利用するために必要な使い勝手のいいツールやフレームワークをクラウド上に搭載したところが大きな収益を手にするだろうと予測している。

AIクラウドの市場規模は現状では推計が難しいが、GoogleのクラウドAIユニットのRajen Sheth氏によると、現在のクラウドの市場は2600億ドル程度だが、AI機能が搭載されることで市場規模はすぐに2倍程度に膨れ上がるだろうとしている。

しかも機械学習はデータを次々と追加して学習させていく必要があるので、一度1つのクラウドを利用し始めると、他社のクラウドには移行しづらい傾向がある。先手必勝となるわけで、ニューヨーク大学経営大学院のArun Sundararajan氏は、「この戦いの勝者は、テック業界の次の時代のOSを手にすることになる」と指摘。投資銀行Avendus Capital USのPuneet Shivam氏は「AIクラウドのトップ企業は、史上最強の企業になるだろう」と語っている。(MIT Technology Review)

史上最強の企業を目指してしのぎを削っているのが、Google、Amazon、Microsoftの3社だ。

3社のうちで最初に開発者向けツールを提供したのがGoogle。2015年にオープンソースのフレームワークTensorFlowを開発者向けに公開した。

しかしAmazon、Microsoftも黙ってはいない。両社とも独自の開発環境を公開したほか、2017年にはAmazon、MicrosoftがオープンソースのインターフェースGluonを共同で開発。TensorFlowを使っても使わなくても、機械学習を簡単に実装できる仕組みを公開した。

3社ともより簡単なツールの開発を急いでおり、Amazonは、ウェブサイトをデザインする程度のスキルで機械学習アプリを開発できるSageMakerというツールを発表。その直後にGoogleが、Cloud AutoMLを発表した。

Googleによると、既に1万3000社以上がCloud AutoMLのアルファ版の試用に申し込んできたという。GoogleのJeff Dean氏によると、機械学習に適した事業を持っている企業は世界で2000万社存在し、うち1000万社が使えるまでにツールを簡単にするのが目標だとしている。(MIT Technology Review

企業との付き合いのあるMicrosoft、技術志向のGoogle、先行するAmazon

ではこの3社のうち、どこが一番有望なのだろうか。

実はMicrosoftは20年も前からAIの研究に取り組んでおり、画像認識や音声認識の領域では世界のトップレベル。検索エンジンのBing、LinkedIn、Skypeのデータもあるし、何よりOfficeのユーザーは10億人以上。企業との長年の付き合いもある。またSatya Nadella氏が新しく社長になってからは、「AIファースト」をスローガンに挙げ、AI化をものすごい勢いで推進している。

Googleは、自動走行車に取り組むなど、AI企業のイメージが強い。それにGoogle検索などのサービスを通じて、豊富なデータを持っている。

AIベンチャーScaleのAlexander Wang氏は「Googleは圧倒的にいい立ち位置にいる。データも豊富に持っているし、トップレベルの機械学習の研究者も抱えている」と語っている。

Amazonは、情報をあまりオープンにしない企業なのでGoogleほどAI企業のイメージはないが、実は非常に多くのAI研究者を雇用しているという話を聞いたことがある。倉庫内のロボットにはもちろん最先端のAIを搭載しているし、クラウド・コンピューティングのシェアでは同社のAWSがダントツの首位。Microsoft、IBM、Googleのシェアを合わせても24%なのに、Amazonは一社で34%のシェアを誇っている。

また米国のAIスピーカー市場は、Amazonが独占状態だ。

Iterate StudioのJon Nordmark氏によると、AIベンチャーの買収に最も熱心なのがAmazonで、過去2、3年で、Googleの2倍、Microsoftの4倍の資金を投入しているという。(MIT Technology Review)

AIクラウドの戦国時代は始まったばかり。どこが勝利するのかは、まだまだ分からない。MIT Technology Reviewの言うように、覇者が史上最大の企業になるのかどうか、個人的にはよく分からない。

ただパソコン時代には覇者であるMicrosoftが小さな企業の生殺与奪権を持ち、モバイル時代には覇者であるGoogleとAppleの動きに、アプリメーカーは右往左往したように、AIクラウド時代は、これまでにも増して大きな影響力が覇者に集中することになりそうだ。この三つ巴の戦いの行方をしっかりと見守っていく必要があるだろう。

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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