「バカにされよう。主流はこっちだ」デジハリ杉山学長が考えるAI時代の教育とは

AI新聞

合理的思考では、AIが人間を超える時代。そんな時代に人間はどのようなスキルを身につければいいのだろうか。またそうしたスキルを身に付けるために、教育はどのようにあるべきのだろうか。ITの進化を見通し、牽引してきたデジタルハリウッド大学の杉山知之学長にこうした質問をぶつけてみた。まずは杉山氏の歴史観をうかがった上で、後半部分で教育のあり方について切り込んでみた。


ーー教育についてうかがいたいのですが、まずは杉山さんが、現状と今後をどのように認識されているのかを伺わせてください。AIをどう捉えてますか?

杉山 1990年くらいにコンピューターはいずれAIになっていくんだろうなと考えていました。そしてAIがだれにでも使えるレベルになれば、人類は次のレベルに行けるんじゃないかとも思っていました。そういう意味ではものすごく大きな流れですね。ちょっとした流行りの技術ではないと思います。

ーーAIがコンピューティングの最終形になりそうだということですか?

杉山 最終形かどうかは分からないけど、MITでの経験から人工知能というものには向かっていくだろうと確信していました。

ーーシンギュラリティってどう捉えてますか?

杉山 単純に通過点としか見ていないですね。全人類の知能を、たった1秒間あたり1000ドルのコストでコンピューティングが超える時点。今の進化の速度なら、2045年にその時期を迎える。それだけですね。

ーーAIが意思を持つようになると思いますか?

杉山 それは、だれも分からない。僕はなかなかそこまで行かないようには思ってます。ロボットに自意識を持っているように振る舞わせることは簡単。でも自意識を持っているように見えることと、実際に自意識を持っていることは、まったく違うので。


ーー人間はサイボーグになっていきますか?

杉山 いろいろなデバイスを体内に埋め込みたい人はそうするんだろうな、と思っています。
回りにも、そのような望みを持っている人はけっこういますが。

ーー全員がそうなるとは思わない?

杉山 そうは思わないですね。機械と融合したくないと言う人が、かなりの数いるだろうと思っていますし、それは自然なことだと感じます。

ーー賃金労働がなくなり、ベーシックインカムをもらって好きなことをする時代になるという指摘については、どう思います?

杉山 その方向には進んでますよね。それですべて解決というわけではないですが。


ーー分かりました。今の現状と今後については、僕の認識と非常に近いように思います。それではここから本題なのですが、そんな時代に向けて教育はどうあるべきでしょうか?

杉山 学生には「皆さんを育ててきた人はコンピューターやネットがないときに価値観を作った人。大人たちは、いろんなことを言ってくるけど、ほとんど意味がないですよ」とよく言います。

デジタルネイティブと呼ばれるような人たちは、自分たちの感覚を信じて、未来を自分たちなりに作っていくのが一番いいと思っています。

幼いころに身につけた価値観やライフスタイルを変えさせるということは、並大抵のことではない。なので今日、年齢層ごとに価値観も世界観も違うのだと思います。多分一世紀分くらいの混乱期があるのではないかと思っています。


ーー若い人が新しい感覚を持っているのかどうか、僕はよく分からないですね。心の奥底に新しい感覚を持っているのかも知れないですが、多くの若者を見ていると大人と同じようなことを言っている人が多い。中には独自の価値観を持っていても、その価値観と社会の価値観の違いに苦しみ、自己否定に入っている人が多いように思います。一世紀分の混乱って、そういうこともおっしゃってるんですよね。

杉山 はい、そのとおりです。

ーーそういう苦しんでいる若者を救うのって教育しかないように思うのですが。

杉山 そうですね。デジタルハリウッドは、1994年に専門スクールを開校し、2004年に大学
院を開学しました。そのときは、そうした若者の存在には気づきませんでした。もともと大学院には、新しい価値観に覚醒した社会人がやってきていたからだと思います。2005年に大学を開学してから、高校を卒業したばかりの人たちが入学してくるようになって、彼らに日々接してみてびっくりしました。日本の高校までの教育ってとんでもないことをしているのではないか、と感じました。

ーーどういうことでしょう?

杉山 おっしゃるような苦しんでいる若者が入学してきたんですね。言葉では、「個性を大事にする教育」と言っていても、日本の高校までの教育って実際には個性をつぶしているんじゃないかと思いました。大人に近づくにつれ「社会ってそういうものだ」「自分もそこに染まらなければならないだろう」「本当は違うんだけど、染まらないと生き延びられない」というような考えが非常に強く刷り込まれているように思います。特に日本はそうですよね。人と違うことを表現すると大変なことになる。それでもなんとなくうまくすり抜けられた子はいいですが、そうでないと自己否定に入る。

適当に大人に合わせて心の中で「あいつらの方が分かっていない。今にオレの時代になる」と思うような子たちも大勢来るのですが、「自分がダメなんじゃないか」「自分がおかしいんじゃないか」と思ってきた。そういう子にうちの大学で何人も会えるようになりました。

ーー悲しい話ですね。

杉山 そうなんです。変わってるからと主流からつまはじきにされてきたから、うちの大学にたどり着いたんだと思います。でもわれわれからすれば、こっちが主流になって、そっちを選んだらほぼ消えてなくなるんだけど(笑)。

そういうこともあって、2016年に「バカにされよう。世界を変えよう。」というキャンペーンを打ったんです。でもこのキャッチはほとんど高校生には届きませんでした。しかし強烈な社会人院生がいっぱい入って来てくれたので、キャンペーンは失敗ではなかったのですが、高校生にこそこのメッセージを伝えたかった。

ーーやはり高校生ではまだ「変わっていてもいいんだ」とは思えないのかも知れませんね。そういう自己否定に入った子供たちを救うのには何をすればいいんでしょうか?

杉山 分かったことは、「君たちは間違ってない」と言ってあげる大人が目の前にいるだけでも、だいぶ勇気付くということです。さらにうちの大学にくれば、自分はずっと否定され続けてきたのに、同じような人がたくさんいる。「オレは一人じゃないんだ」と安心する。
なおかつ、そうした人たちの間に、すごい仕事をしている人たちが、いっぱいいる。

ーー勇気を与え、安心させ、そして希望を与えることができるわけですね。

杉山 そうなんです。おかげさまで社会人へ先に教えていた実績があるので、出来たばかりの大学なんだけど、変わっててもこんなにすごいことになったよという先輩たちをたくさん見せてあげることができました。

よく彼らに言うんだけど、「君たちが思っているほど大人はちゃんとしてなくて、相当自分勝手に生きている。しかも自分勝手に生きている人のほうが楽しそうで、さらにお金も稼げている」そんな話をするんです。

おかげさまで大学の1期生、2期生辺りがすでに業界で良い仕事をやってくれていて、彼らから求人も頂くようになっています。この3月で10期生が卒業します。


ーー卒業生って、どんな仕事についているんですか?

杉山 CGで言えば、ハリウッド映画を作っている主なVFXスタジオにはほぼ卒業生がいます。枚挙に暇がない状態です。アメリカのIndustrial Light & Magicでスターウォーズ作っている人や、イギリスのDouble Negativeでハリーポッターを作っている人、WETAやディズニーやピクサーにも卒業生がいます。

日本にいる人たちは日本のゲーム会社で大活躍していますし、ウェブ系なら自分のウェブ会社を作った人なんてごろごろいます。経済産業省独自の調査により大学別の学発ベンチャー創出数でベスト10にランク入りしまして、オリジナルコンテンツやオリジナルサービスで勝負している起業家も出ています。


ーーなるほど。ところで、これからのAI時代において、どういう能力が必要になってくるのでしょうか?ちょっと前ならプログラミングを学んだほうがいいと言われました。最近ではAIを学んだほうがいいという人もいます。

杉山 AIの研究者になるのは大変だけど、とりあえず分かったというレベルならそれほど難しくない。AIって日々どんどん使いやすくなっています。とりあえずAIを使うレベルというのは、教養科目みたいになっていくのかなって思います。プログラミングについてもハッカーレベルになる必要がないなら、向き不向き関係なくある程度まで学んで、すぐに実用に応用できるレベルにまで来ています。

つまりデジタル系は、ある程度使えるというレベルなら比較的簡単に身につけられる。ということは、人の中で何か事を起して仕事にしていくのであれば、むしろリベラルアーツが大事になってくるんじゃないかなって思います。これからも大学に存在意義があるのなら、それは社会に出る前にもう一度リベラルアーツというものをかじっておくということじゃないでしょうか?


ーーリベラルアーツってどういうものを指しておられます?

杉山 どうでしょう、普通に言えば歴史、哲学、宗教など、さまざまな人文系のもの。そしてもう少し博学的に宇宙とか動物とかもいいですし、それに対しさらに社会学的なもの。全部やるのは無理でも、いくつかをちゃんと取り組む。

さらにリベラルアーツの中に芸術というものを理解する力、芸術の持ってる意味を分かる力があると思います。ビジネスマンになるとしても、意外とそういうところに核があるんだと思います。

技術は当然必要です。プログラミングやAIって、今で言うところの「算数できないと困るよね」というようなレベルの話になっていく。なので当然、使えるレベルまでは身につける。その上で大事なのが、リベラルアーツなんだと思います。

ーーリベラルアーツって教えるもの?感覚を掴むものじゃないんでしょうか?大学で学ぶと、理屈っぽくなるだけじゃないでしょうか?

杉山 僕も、まったくその通りだと思います。だからうちの大学のリベラルアーツって長くやらない。90分の講義を8回。先生たちには、その学問の一番おもしろいところを話してもらう。興味があれば深く知るための道はいくらでもある。ネットでも深く調べられるし、専門のセミナーやスクールもあるでしょう。でも、そういう素晴らしい世界があるということさえ、子供達は知らされていないと感じます。

人類の歴史の中で、人間が積み重ねてきた知恵には、こんなにいろんなものがあるんだなって、分かってもらいたい。たくさん並べれば、どれかに気付きがあるはずです。


ーー不登校の子供って、哲学しているように見えるんです。リベラルアーツを学ばなくても、大事なものを掴んでいるように思うのですが?

杉山 そうですね。そういう子供たちに「君が悩んでいることは、みんなが悩んできたことなんだよ」と、うまくやさしく伝える方法があればいいなって思います。「そうなんだ、人間って悩んでいいんだ」、そういう感覚が大事かなって思うわけです。そこは僕らもリベラルアーツ系の科目を拡充して3年目なので、まだ改良中の段階です。先生たちとも面談して、何を教えてどういう反応だったかを僕自身がひとりひとり面談して情報を集めているところなんです。


ーーところでクリエイティビティって何なんでしょう?

杉山 難しい問題ですね(苦笑)。僕は、クリエイティビティってすべての人が持っているものだと思います。ですが、これまでの社会や、教育の中で、それを削いできた。多くの方が、自分の奥底に閉まっているので、持っていることも気が付かないのだと思います。

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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