21世紀最大のビジネスチャンス「ヘルスケア」に挑むAmazonの可能性

AI新聞

AmazonBerkshire HathawayJPMorgan Chaseの3社が、米国内従業員のための独自のヘルスケアの仕組みを立ち上げると発表した。日本ではほとんど話題になっていないが、米国ではこの発表を受けドラッグストアや保険会社など関連する先行企業の株価が軒並み下落するなど、大変な反響を呼んでいる。健康ビジネスは、故スティーブ・ジョブズが「21世紀最大のビジネスチャンス」と称した領域。この津波は、形を変えいずれ日本に押し寄せてくるのは間違いない。いったいこれから何が起ころうとしているのだろうか。

発表文には、「3社の従業員とその家族を対象に、テクノロジーを使って質の高いヘルスケアを安価で提供する」ということ以外、ほとんど何も書かれていない。その詳細がないということが、かえって憶測を生んでいる。

有力紙・誌がこの動きをどのように見ているのか、まとめてみた。

 

 

Forbes

Forbes誌は「Disruption, Thy Name Is Bezos … And Dimon And Buffett!」という記事で、この発表文を大きく取り上げた。幾つか興味深い事実と、同誌の憶測をピックアップしてみよう。

まず興味深い事実だが、次のような点が挙げられる。

・今回の発表文一本で、UnitedHealth, Aetna Humanaといった健康ビジネス業界大手の株価が大きく下落.

・ウォーレン・バフェット氏率いるBerkshire Hathaway は、様々な子会社、関連会社を傘下に持つ持株会社だが、関連会社の中には保険会社もある。

・バフェット氏は「膨れ上がるヘルスケアのコストは、米国経済の寄生虫のような存在だ」と発言したことがある。

・同氏は、オバマケアをトランプ政権が取りやめようとすることに対し、「金持ちが得するだけだ」と批判している。

JP Morgan’のJamie Dimon氏はガン生存者。コストを抑える形での医療のイノベーションの重要性を熱く語ってきた。

バフェット氏もDimon氏も、今回の事業に関しては、かなりの思入れあることが分かる。

一方で、Amazonなど3社は今後どのように事業を展開するのだろうか。Forbes誌の憶測は次のような感じだ。

・電子カルテの普及促進

昔から電子カルテの重要性が強調されているが、既得権益者の思惑もあり、電子カルテの流通がスムーズに行われているとは言えない状態。でも「Amazonプライムのような形で、個人の医療データをクラウド上で管理することが、可能なはず」。

・自分たちだけの健康保険

3社とも、比較的若くて健康な社員を何万人と雇用している。高齢者を多く抱える他社の健康保険を利用するよりも、自社だけの健康保険を作ったほうが掛け金を抑えることができるはず。Amazonにはデータ分析の力があり、Berkshireには保険業界のノウハウがある。JP Morganには資本と多数の従業員を持っている。「自分たちの保険会社を作りたいという誘惑にかられないわけはない」。

・医薬品やヘルスケア商品の中間業者の中抜き

Amazonは、同社サイト上で医薬品を取り扱おうとして、12の州政府から認可を取り付けている。また医薬品の卸問屋は、かなりの利益を得ているといわれている。「中間業者を排除するだけでも、かなりのコスト削減になるだろう」。

 

 

Bloomberg

How Amazon & Co. Could Fix Health Careという記事で次のように分析している。

・3社の従業員を合わせると、約100万人。かなりの規模だが、それでも米医療業界と敵対するには十分な大きさではない。100万人の規模感をテコに医薬品を買い叩こうと強気の交渉をすると、米国最大の業界である医薬品業界からの反発を受けることになるだろう。

・米国の医師の給料は、先進国の中で最も高く、Amazonが医療コストを下げるのであれば、外国人の医師を雇用するしかない。家族を合わせると約300万人の医療を担当するには、7800人から12300人ほどの医師が必要だ。3社の力を合わせれば採用できないレベルの人数ではないが。

・オフショアの遠隔医療を使うという手もある。慢性疾患の患者など入院日数が長い場合は、ビジネスクラスで患者を海外の病院に輸送するという手もある。

 

 

Money

同誌はHow Amazon Will Drastically Change Health Care, According to Futuristsという記事で、未来学者の意見を集めている。

・未来学者たちは以前から、Amazonが医薬品を取り扱うことになるだろうと予測してきた。「既に美容やサプリメントの売り上げがかなりの額になっている。なのでAmazonが医薬品を取り扱うのは、時間の問題。ユーザーのデータを解析することで、ユーザー一人一人に合った医薬品を取り扱うようになるだろう」(James Canton氏)

・「心身の健康状態、摂取栄養量、再生医療データなどを解析してユーザーに提供し、一般的な消費者でも、自分のどこが悪くて、どうすれば治すことができるかを簡単に理解できるようになるだろう」(同氏)

・平均寿命が伸び、75歳は中年になる。そうなるためには健康的な生活を送る必要があり、「Amazonは、健康増進を非常に大きな市場チャンスだととらえるようになるだろう」(同氏)

・「薬は3Dプリンターで、一人一人に合ったものが作られるようになる」(Thomas Frey氏)「医者が処方箋で指示した薬の量ではなく、患者のその日の健康状態に応じた薬の量が、自動的に配合されるようになるだろう」

Frey氏は、Amazonが現在の米国のヘルスケア産業を進化させるという見方ではなく、まったく別の産業を作るという見方をしたほうがいいと言う。「最も大きな変化は、医薬品会社がコントロールしてきた業界から、データドリブンの業界へと移行することだ」(同氏)。

 

 

Ben Thompson

メディアではないが、ビジネスアナリストBen Thompson氏のブログが注目を集めている。

Amazonが3社だけの健康保険を始めることはない。健康保険はスケールしないと儲からない事業。スケールすればリスクを分散できるし、管理コストも下がる。3社が大企業だからといって、保険会社より低コストで運営できるわけではない。

・なのでAmazonは、同社のECサイトと同様に、ヘルスケアの領域でもアグリゲーターとしてのプラットホームを目指すのだと思う。医療やヘルスケア、保険などの業務をモジュール化し、コモディティ化することで、事業者間での競争を促進し、価格を引き下げるのが狙いだろう。

・事業者に参画してもらうには、消費者が多く集まらなければならない。なので消費者に最高のユーザーエクスペリエンスを提供することが不可欠。

・そのユーザーエクスペリエンスの核になるのがデータだ。消費者の健康データなどのデータを統合し、機械学習で解析。データを基に、消費者にとっても医師にとっても価値のあるサービスを提供することができれば、プラットホーマーになることが可能だろう。

こうしたことに成功すれば、Amazonは今のECサイトをはるかに凌駕する規模のビジネスを手に入れることになるだろう。一国の政府でもなし得なかった医療・ヘルスケア・保険の改革を、民間企業主導で実現させることは、ある意味エポックメイキングでもある。国家、政府の役割の見直しにも発展するかもしれない。

 

 

 

New York Times

一方で、ニューヨークタイムズは、そうした壮大な見解に対して、かなり懐疑的だ。Can Amazon and Friends Handle Health Care? Theres Reason for Doubtという記事の中で、その理由を次のように述べている。

・過去にも斬新な手法で試みた企業があった。少しは医療費削減に成功した企業もあったが、その額以上に医療費が高騰。焼け石に水の状態だ。医療は、いろいろな規制がある上に既得権益者が多い領域なので、イノベーションを起こすことは容易ではない。

・これまでテクノロジー企業が手がけたイノベーションは、従来の製品やサービスより少しだけ質は劣るが、それ以上に価格を大幅に引き下げる、という手法が多かった。しかし医療の領域ではこの手法は、うまくいかない。なぜなら多くの人は、少しでもいい治療を受けられるのなら、金に糸目をつけないことがあるからだ。医療の領域には、コストパフォーマンスという考えは、当てはまらない。

Amazonは従業員の医療費の削減で浮いたお金を、ほかの領域のイノベーションや、製品の値引きに回すことで、自社の競争力を高めようとするだろう。競合他社には、その方法を教えようとしないだろうし、米国の医療費高騰の問題が根本的に解決されるわけではない。

こうして見てもいろいろな意見があるようだが、ただ一つ言えることは、今回の取り組みは、これまでに類を見ないような大規模の取り組みであるということだ。

Amazonら3社の取り組みがうまくいくのかどうかは分からないし、うまくいったとしても、規制や状況が大きく異なる日本にその仕組みを、そのまま持ってくるわけにはいかない。

しかしこの挑戦が、本格的な少子高齢化時代を迎えようとしている日本にとって、非常に大きなヒントになることは間違いないだろう。Amazonのお手並み拝見というところだ。

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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