アマゾン破竹の勢いと、忍び寄る独禁法の影

AI新聞

アマゾンの勢いが止まらない。売上も株価も急成長を続けており、米国のEC(電子商取引)市場の1/3は、アマゾンが占めているという報告もある。一方で、ここまで強くなると、独禁法に抵触するのではないかという意見も出てきた。

なぜ強いのか

アマゾンはなぜこんなに強いのだろうか。アマゾンには2つの大きな戦略の方針があるといわれている。1つは顧客中心主義。もう1つは、弾み車だ。

弾み車とは、ミシンなどの機械に使われる部品で、わずかな力で回転速度を短時間に大きく変化させることが可能な仕組みだ。収益が上がれば、それを株主に配当するのではなく、商品の値引きやサービス改善の投資に使う。そのことにより、顧客が増え、売上増に弾みがつく。弾みがついても、収益はすべて値引きやサービス改善に向け続ける。弾み車のようなプロセスを繰り返して、一気に成長してきたわけだ。

顧客第一というモットーの下、投資家への配慮は後回しだ。四半期ごとの決算に一喜一憂する投資家が多い中で、アマゾンのCEOのジェフ・ベゾス氏は「顧客を大事にすれば、長期的には株価は上がる」という信念を押し通してきた。売上高が上昇しても儲けを値引きと投資に使うので、上のグラフを見ても分かるようにわずかな利益は横ばいのままだ。

アマゾンの株価の推移のグラフを見ていただきたい。実際に2015年辺りから株価が急速に伸びている。株式公開時点でアマゾン株を買い、ベゾス氏の言葉を信じて持ち続けた人の株は、10万円が6000万円以上になっているわけだ。

もはやECだけの会社ではない

アマゾンというと仮想書店、インターネットモールというイメージがいまだに強いが、儲けだけに注目すれば、クラウドコンピューティング事業のAWS(アマゾンウェブサービス)が、アマゾンの稼ぎ頭である。先に書いた通り、アマゾンはECで儲けたお金をそのまま値引きやサービス向上に使う。ECで大きく儲けているわけではない。

【参考記事】日本でもAmazon Echo年内発売?既に業界は戦々恐々

AWSは2006年のサービスイン以来、倍々ゲームで成長を続けており、市場シェアは34%で、ダントツ首位。2位のマイクロソフト、3位のIBM、4位のグーグルという3社のシェアを合わせてもわずか24%。アマゾンには届かない。データのストレージだけではなく、最近ではAI(人工知能)の機能もクラウド上で提供し始めており、今後一層の事業拡大が見込まれている領域だ。

アマゾンはまた倉庫、物流の会社でもある。180の倉庫、28の集配センター、59の配達ステーション、65の宅配ハブを持っている。また8万台のロボットが倉庫の中を行き来し、4000台のトラック、20着以上の飛行機が倉庫間を行き来している。アマゾン上で商品を販売する業者は、アマゾンの倉庫、物流業務に対して、手数料を支払っているようなものだ。

そしてアマゾンはメディアの会社でもある。音楽聴き放題のアマゾンミュージック、映画・ドラマ見放題のアマゾンビデオなどのサービスは、アマゾンのプライム会員なら誰でも無料で利用できる。プライム会員は全米で約8500万人。米国の半数から2/3の世帯がプライム会員だという推計がある。地上波が衰退する中で、アマゾンは一大メディア企業になりつつあるわけだ。映画祭での映画放映権の買い付けでは、タイムワーナーなど老舗メディア企業を差し置いて、最近ではアマゾンが競り落とすことが多いようだ。

ハードウェアのメーカーでもある。スマートフォンの次の花形デバイスといわれるスマートスピーカーでは、Amazon Echoが爆発的な売れ行きを維持している。Echoと連携するスマートホームなどのアプリ、デバイスの数は今年6月に1万5000を超えた。一方で競合するGoogleのスマートスピーカーGoogle Homeの連携アプリ、デバイスの数はわずか378。MicrosoftのAI「Cortana」に至っては、65しかない。米国のスマートホーム機器市場の支配力は、アマゾンの手中に落ちたと言ってもいいだろう。

参入の噂だけで、競合企業の株価が下落

大胆な戦略での快進撃が続くアマゾン。もはや無敵の状態だ。そしてこれまでの常識にとらわれない動きをするので、次にどの領域に参入するのか、誰も予測できない。

高級食材スーパーのWholeFoodsを137億ドルで買収する計画が6月に発表されたが、この買収を予測した投資家はほとんどいなかった。買収の本当の目的は何なのか。いまだに米国のニュースサイト上で議論されているのを見かけることがある。

ただ株式市場は、この買収を歓迎。アマゾンの株価は134億ドルも上昇した。買収計画を発表しただけで買収金額のほぼ全額を、株価の上昇によって手にした形だ。

発表文だけで自社の株価を上げることもできれば、参入の噂が競合する企業の株価を下げることもある。

今年1月にアマゾンが自動車部品のメーカーと契約を結んだらしいという報道があったときは、自動車部品を取り扱う小売大手のAutozoneの株価が5.1%下落。同様にAdvance Auto Parts社の株価は4.2%、O7Reilly Automotive社の株価は4%、Genuine Parts社の株価は3.7%、それぞれ下落した。

7月に不動産エージェントを紹介するページがアマゾンのサイト上に一時的に表示されたという噂がネット上で流れたときには、不動産業者紹介サイトのZillow社の株価が5.5%下落、翌日にはさらに5.9%下落した。

ニューヨーク大学のScott Galloway教授は、「今のアマゾンは、プレス発表だけで、アメリカのほぼすべての企業の株価を下げることができる」と語っている。

いずれ独禁法の調査の対象に

同教授は、アマゾンがここまで強くなれば、独禁法違反の疑いで政府の調査を受ける可能性が高いと指摘する。アマゾン自身もその可能性を認識しているようで、ロビイストを多数雇用したという話が聞こえてくる。

米政府の高官からも、アマゾンをけん制するような発言が出始めている。Steven Mnuchin財務長官は7月の公聴会で、アマゾンのサイト上のサードパーティの多くが消費税を納付していない問題に関し「現政権内で慎重に検討を続けており、近々なんらかの方針を決めることになるだろう」と語っている。

米政府のアンチアマゾンの急先鋒は、ドナルド・トランプ大統領自身だ。大統領になる前から選挙演説で「もしわたしが大統領になったら、アマゾンにとってはやっかいなことになるだろう」と語っていたし、7月には複数回に渡ってツイッターに「インターネット税を納めていないアマゾンの(ベゾス氏が社主を務める)Washington Post紙は、フェイクニュースだ」などと投稿している。8月16日にはツイッター上で「アマゾンは、税金を払っている小売業者に危害を与えている。自治体も被害を受けている。多くの職を奪っている」と非難している。

映画サイトNetflixの役員のRich Barton氏は、前職のMicrosoft時代に司法省の調査を受けた経験を持つ。Microsoftに対する調査では、一時は同社を分社化する案も浮上したといわれる。取り調べは厳しく、司法省調査のせいでMicrosoftが弱体化したという説もあるほどだ。Barton氏は独禁法調査を「まったく楽しくない、非常に厳しい体験だった」と形容している。同氏は、「企業が巨大になれば司法省が関与してくることは避けられない。いずれ出る杭は打たれるだろう」と、アマゾンが調査対象になる可能性を指摘する。

ニューヨーク大学のGalloway教授も同意見だ。「アマゾンは今の状態を維持することはできないだろう」と語っている。

実際に、独禁法関連の調査を受けることになるのかどうか、私には分からない。しかしもしそうなったら、アマゾンはどのような企業になっていくのだろうか。インターネット産業は、どのような影響を受けるのだろうか。

Newsweek日本版より転載
http://www.newsweekjapan.jp/

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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