LINE、GoogleのクラウドAI戦略を比較してみた

AI新聞

LINEは、6月16日のLineカンファレンス2017で、Googleは5月17ー19日のGoogleI/Oで、それぞれのクラウドAI戦略を発表してきた。

クラウドAIとは、クラウド(ネット上のコンピューター)に設置された人工知能のこと。iPhoneのsiriやAndroid端末のGoogle AssistantといったAIは、実はスマートフォン上にAIがあるのではない。ユーザーは、ネットを通じてクラウド上のAIとのやり取りをしているのだ。

クラウドAIには、今後いろいろなデバイスがつながってきて、いろんなデバイスを通じてクラウドAIがユーザーを支援するようになると言われている。ときには有能な秘書のように、ときには親友や家族のように、いろいろな作業を手伝ってくれたり、親身に話を聞いてくれるようになるだろう。

当然クラウドAIは今後消費者に対し、かなり大きな影響力を持つようになる。一方で、「秘書」や「親友」は、少数で十分。自分のプライバシーはできるだけ、拡散したくないからだ。そこで少数の「秘書」や「親友」の地位をめぐって、テック大手が今後、しのぎを削ることが予想されるわけだ。

【参考記事】テック大手が軒並みスマートスピーカーに参入する理由

クラウドAIの覇権争いで、一歩先を進んでいるのが、スマートスピーカーAmazon Echoを米国で普及させることに成功した米Amazon。家電メーカーなどが一斉に、AmazonのクラウドAI「Alexa」の技術仕様に準拠し始めた。米国で新しく発売される家電製品の多くは、Amazon Echoを通じて音声でコントロールできるようになっているという。

【参考記事】日本でもAmazon Echo年内発売?既に業界は戦々恐々

一方でAmazonを激しく追撃しているのが、日韓のホープ、LINEと、米Googleだ。

LINEとGoogleのクラウドAI戦略はどういう点が似ていて、どういう点が異なるのだろうか。簡単に比較してみた。

デバイスではなくクラウドAIの戦い

まずは似ている点だが、両社ともデバイスではなく、その後ろにあるクラウドAIの勝負であることを強調している点だ。世界のハイテク大手が次々とスマートスピーカーを発表し始めたので、スマートフォンの次の主戦場はスマートスピーカーのように見えがちだが、LINE、Googleはそれぞれのカンファレンスで、彼らの狙いはスマートスピーカーを普及させることではなく、クラウドAIを普及させることだと強調している。

【参考記事】LINEのAIプラットフォーム「Clova」の何がすごいのか解説しよう

Amazonに追いつき、追い越すために、戦略を明らかにすることで、できるだけ多くのサードパーティの協力を募ろうとしているのかもしれない。

LINEは、LINEカンファレンス2017で、はっきりとクラウドAIというキーワードを使って戦略を説明してきた。LINEのクラウドAIは、「Clova」という名称。自社でスマートスピーカーを開発しているが、それだけにとどまらず、タカラトミー、ソニー、トヨタ、ファミリーマートなどとの提携を発表している。

これらの提携先から発売になるデバイス、サービスは、「Clovaインサイド」というロゴがつけられるという。一昔前に半導体メーカーのIntelが、同社半導体を搭載しているパソコンに「Intel Inside」のロゴを表示させていたが、それと同様のブランディング戦略だ。

一方のGoogleは、GoogleのクラウドAI「Google Assistant」をGoogleのスマートスピーカー「Google Home」に搭載するだけでなく、サードパーティにも各種デバイスやサービスを開発してもらおうと、ソフトウエア開発キットを提供し始めた。

Googleのカンファレンスでは、Google Assistant責任者のScott Huffman氏が「これから思いもつかないデバイスにGoogle Assistantが搭載されるようになるかもしれない」と語ったが、その後ろのスライドには、スマートフォン、スマートウォッチ、自動車、スマートスピーカー、テレビ、ショッピングカート、エクササイズマシン、車椅子、ベビーカー、自転車、コーヒーメーカー、ガソリンスタンド、飛行場などのアイコンが表示されていた。

既に世界中の大手メーカーがGoogle Assistant搭載のデバイスの開発を始めているようで、そのリストの中にはソニー、パナソニック、オンキョーなどの日本メーカーのロゴも見受けられた。同氏によると、今年のクリスマス商戦には、「Google Assistant Built-in」というロゴのついたデバイスが数多く発売されることになるという。ブランディングの仕方も、LINEの「Clova Inside」と同じだ。

ファミマの未来型店舗

さてサードパーティ各社は、こうしたクラウドAIを、どのように自社サービスに活かすことができるのだろうか。

枡田氏は「スマホ時代のアプリマーケットと同様に、さまざまなサービスやコンテンツが(クラウドAIに)つながっていくことができる。LINEのスマートポータルとして発展してきた国内最大級のサービス群もすべてつながってくる」と語っている。

さらに今後は「ウエアラブルデバイス、各種ディスプレイなど、あらゆるデバイスにつながっていく」としている。

現在LINEで行われている広告、マーケティング、各種マネタイゼーションが、すべてクラウドAI上でも可能になるだけでなく、新たな可能性が次々と広がってくるわけだ。

枡田氏は、「(クラウドAIが)まったく新しい、大きなエコシステムを生んでいくはず」と語っている。

新たな可能性にはどのようなものがあるのだろうか。今回のカンファレンスでは、トヨタ、ファミリーマートとの提携が発表された。

LINEと提携したトヨタの幹部によると、自動車内のスピーカーがLINEのメッセージを読み上げてくれたり、音声をテキストに変換してLINEに送ることができるようになるという。

ファミマとの提携に関してはカンファレンスで詳しく語られなかったが、どのようなことが可能になるかを示唆するコンセプト動画が表示された。その中でユーザーがスマートスピーカーに「行ってきます」と声をかければ、「サンドイッチを買い忘れないでくださいね」とリマインドしてくれる。自動車に乗れば、カーナビが「1キロ先にファミリーマートがあります」とリマインドしてくれる。ファミリーマートの入り口でスマホをかざせば、サンドイッチが置かれている棚の上の方にあるディスプレイが点灯し、サンドイッチの場所を教えてくれる。サンドイッチを手に取れば、缶コーヒーをレコメンドしてくれる。缶コーヒーとサンドイッチを手に取ったことを店舗側のカメラが認識するのでレジで支払いする必要がなく、店を出た瞬間にLINE Payを通じて支払いが終了する。

まるで環境の中にAIが溶け込んでいくかのような感覚だ。事実、枡田氏は「環境のすべてがAIとつながっていく世界を目指す」と語っている。

Googleの機能を利用

一方のGoogleは、より多くのサードパーティを自社のエコシステムに参加させるために、自社技術を積極的に提供し始めた。

カンファレンスでは、Google Assistantを通じて出前を注文するデモが行われた。スマホでGoogle Assistantを立ち上げると、女性の声で「何か御用でしょうか」と聞いてくる。ユーザーが「パネラ(注:レストランの名前)に出前をお願いしたいんだけど」と語りかけると、今度は男性の声で「こんにちは、パネラです。配達の住所ですが、以下の2つのうち、どちらの住所への配達をご希望ですか?」と聞いてくる。

Googleがレストランに代わってユーザーの本人認証を行い、Googleに登録されているユーザーの住所を提供しているわけだ。

ユーザーが、画面に表示された2つの住所のうちの1つにタッチすると、今度は「どの料理をご希望ですか?」と聞いてくる。画面上に料理の写真が並ぶので、食べたい料理を教えると、「了解しました。お飲み物はいかがですか?」と今度は飲み物の写真を表示してくる。好みの飲み物にタッチする。

「了解しました。レジに進みますか?」「はい」と答えると、明細と合計金額が表示される。「この金額で注文を確定しますか?」という問いに対し、指紋認証で支払いを確定。「了解しました。ありがとうございました」と言われて、注文が確定した。

Googleの支払い機能、レシート発行機能が使われているわけだ。

GoogleのクラウドAIを利用することで、レストランなどのサードパーティは、こうした機能を自社で開発する必要もないし、個人情報を管理することもなく、利用できるようになる。

このデモはスマホ上で行われたが、同様のことが音声デバイス「Google Home」と、USBスティック型デバイス「Chromecast」を差し込んだテレビとの連携プレイでも可能だ。

コミュニケーションで差別化を図るLINE

さて類似点はこの程度にしておいて、相違点について見ていくことにしよう。

LINEは、円柱形のスマートスピーカーを最初に発売するが、今回のカンファレンスでは、LINEのキャラクターの形をしたスマートスピーカーも発表してきた。このキャラクターを載せてきたことが非常に重要なポイントだと思う。米国のメディアも「これがEchoに対する日本の答えだ」という趣旨の記事で、LINEの戦略を評価している。

発表の中にはなかったが、これらのキャラクターが「人格」を持ち、それぞれのキャラクターらしい受け答えができるようにAIを成長させていくのではないかと思う。今日のAI技術で、そうしたキャラクターの育成は十分に可能だ。LINEのAIは、こうした「人格」を持つようなキャラクターを育てるプラットフォームのようなものになるのではないかと思う。そのうちミッキーマウスや、ハローキティが受け答えするようなクラウドAIが、LINEのプラットフォーム上に登場するかもしれない。

欧米のクラウドAIが、秘書のような対話に終始する中で、より人間味のあるコミュニケーションを可能とするクラウドAIの基盤を作る。それがコミュニケーションを核としてきたLINEの強みであり、同社のクラウドAI戦略の最大の差別化ポイントになるのだと思う。

GoogleはAIで

一方のGoogleは、同社のカンファレンスで「AIファースト」を強調してきた。画像認識技術を中心とする同社のAI技術は、世界でもトップレベル。これがすなわち同社の差別化ポイントである。

カンファレンスでのデモでは、ライブハウスの看板に書かれたアーチスト名にカメラを向けるだけで、Google Assistantがアーチスト名を認識。アーチストに関する情報を入手したり、次のライブのチケットを購入したり、ライブの日時をカレンダーに書き込んだりする様子が、動画で紹介された。

スマートスピーカーGoogle Homeのデモでは、Google Homeが光っているので「どうした?」と聞くと、「高速道路が渋滞し始めたようです。14分前に出発されることをおすすめします」と言ってきた。

AIが、ユーザーのカレンダーの情報と交通情報の両方を考慮して判断しているのが分かる。

またGoogle Homeは米国内だと無料で電話できることになった。電話をかけるときも、夫が「OK、Google、ママに電話をかけて」というと夫の母親に電話がかかる。妻が「OK、Google、ママに電話かけて」と言うと妻の母親に電話がかかる。つまり音声認識AIが、夫と妻の声を聞き分けているわけだ。

Googleの強みは、検索エンジンに加えて、gmailやGoogleカレンダーなどのツールで、ユーザーの情報を把握していること。さらには、そうした情報を統合し、AIを使ってユーザー一人ひとりに合ったサービスを展開できるところだろう。

Googleは今後、こうした強みをますます前面に押し出してくるものと思われる。

LINEの枡田氏がカンファレンスで指摘したように、今はスマホのパラダイムからクラウドAIのパラダイムへの大きな移行期である。ユーザーの「秘書」「親友」という強力な影響力を手にするために、テック大手間の競争は今後ますます激しくなっていくことだろう。

Newsweek日本版より転載
http://www.newsweekjapan.jp/

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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