テック大手が軒並みスマートスピーカーに参入する理由

AI新聞

AmazonがスマートスピーカーAmazon Echoで米国のスマートホーム市場を席巻している。もはや独走態勢であるにも関わらず、Googleが同様のスマートスピーカーGoogle Homeを発売したし、Appleも同様のスマートスピーカーを発売するという噂が飛び交っている。日本でも、GoogleとLINEがそれぞれスマートスピーカーの発売を今夏に予定しているし、Amazonが国内でEchoを発売するのがほぼ確実視されている。

【参考記事】アマゾン・エコー vs LINEクローバの戦いはこうなる

明らかにプレーヤー過多のレッドオーシャン。どうしてテック大手は、レッドオーシャンと知りながらスマートスピーカーの領域に参入しようとしているのだろうか。

デバイスの勝負ではない

ただここで注意しないといけないのは、これはスマートスピーカーをめぐる戦いではないということだ。

実際、AmazonとLINEは、スピーカー以外のデバイスの発売も予定している。Amazonは、カメラ付きデバイス「Echo Look」、ディスプレイ付きデバイス「Echo Show」を発表したし、LINEはディスプレイ付きデバイス「FACE」を来冬に発売する予定。

スマートスピーカーの戦いでないとすれば、何の戦いなのだろう。

恐らく、こうしたデバイスの裏側でデータを解析し、ユーザー一人ひとりに合った受け答えや、サービスを提供するクラウド上のAIの戦いなのだと思う。

米国のテックメディアを見ても、このクラウド上のAIを形容する新たなキーワードはまだ登場していない。いずれだれもが、このパラダイムシフトの本質を理解し、1つのキーワードに収れんしていくのだと思うが、今は暫定的に「C向け(消費者向け)クラウドAI」と呼ぶことにしよう。

このC向けクラウドAIには、キッチン、リビングルーム、風呂などの家電機器や、自動車、スマホなどのデバイスがつながる。そしてクラウドAIは、これらのデバイスからのデータを統合し、ユーザーの趣味嗜好、心理状況などを正確に把握するようになる。

そしてあるときは、親友のように話を聞いてくれて、的確なアドバイスをくれるようになる。またあるときは有能な秘書のように煩雑な業務をすべて肩代わりしてくれるようになる。

このC向けクラウドAIに関する覇権争いが今、始まろうとしているわけだ。

戦いは長期戦になる。なのでクラウドAIの前哨戦であるスマートスピーカーは、それほど売れなくても、実は構わないのかもしれない。

勝負は、自社のクラウドAIを何人のユーザーが利用してくれるか。自社のクラウドAIにつながるスピーカー、自動車、おもちゃ、家電を利用する消費者の数が多ければ、それでいい。

日本ではスマホの利用者が数千万人いると言われるが、クラウドAIにつながったデバイスの利用者の総数がスマホのユーザー数を超えれば成功。そのときパラダイムは、スマホからクラウドAIに移行するのである。

家電メーカーのほうが有利?

勝負の本質がスマートスピーカーではなくクラウドAIであるならば、実は参入しようというプレーヤーはもっと多いことが分かる。

中国の家電大手美的集団は、ボイスで家電機器を操るコンセプトムービーを今年春に公開し、注目を集めた。

そこにはスマートスピーカーはない。ムービーに登場する美的集団の家電機器すべてが音声に対応しているのだ。

同社のDongyan Wang氏は言う。「ユーザーのニーズを知るのに、スマートスピーカーは必要ない。帰宅したばかりのユーザーに『疲れてない?』て聞いても『だいじょうぶ』と答えるかもしれない。でもすぐにお風呂に入ったり、ソファーに腰掛けて動かなかったりすれば、疲れていることは明らか。つまりスマート家電のほうが、スマートスピーカーよりもユーザーニーズを正確につかむことができる。そういう意味で家電メーカーのほうが(スマートスピーカーを発売するテック大手より)有利なんだと思う」。

また同氏は「冷蔵庫や洗濯機にボイス機能を乗せるメーカーもあるが、大型家電は10年に一度しか買い換えない。ボイス搭載したからといって買い換える人などいない。それより、ミキサーやトースターなど、低価格なキッチン家電にボイス機能を搭載するほうがいい」とも言っている。

デバイスの形は違えど、同社がクラウドAIの覇権を狙っていることが分かる。

ソニー、リクルート、ヤフーも

実は国内だけ見ても、クラウドAIの領域に参戦しようと準備を進めている企業は少なくない。

ソニーは、ボイスで操作するテレビ、ハンズフリーTVを開発中だという。テレビのリモコンってボタンが多いし、録画操作などは本当に面倒。すべての操作がボイスでできるようになれば、喜ぶユーザーは多いことだろう。

ソニーは早くからGoogleと組んで次世代テレビを手がけてきたので、ハンズフリーTVにはGoogleのクラウドAIが搭載されるものと見られる。一方で、今年2月にはソニーエージェントテクノロジーとLINEとが、クラウドAIプラットフォームで提携すると発表している。共同で、スマートプロダクトを提供していくのだという。

ただ関係者によると、ソニーは、Google、LINEとも協力するが、自社のクラウドAIも推進していく戦略らしい。

当然、その方向だと思う。この戦いから降りるということは、次のパラダイムの戦いから降りるということ。ソニーほどの規模の会社で、最初から次期パラダイムを諦めるなどということはありえない。

一方、リクルートがチャットボットを開発しているというのは、以前のコラムで報告した通り。チャットボットのテキストを音声に変換し、その仕組みをスピーカーに搭載すればスマートスピーカーになるし、ぬいぐるみに搭載すればコミュニケーションロボットになる。チャットボットは、クラウドAIの1つの表現の形でしかありえない。恐らくリクルートは今後、いろいろなメーカーと組んで、いろいろなデバイス上に自社のクラウドAIを展開していくことだと思う。

またヤフー・ジャパンも黙ってはいないだろう。ヤフー・ジャパンの日本語処理AIは、世界でもトップレベル。日本語処理を含む音声認識AIでは、Googleよりも精度がいいとも言われている。最近は、AI企業であることを高らかに宣言する社が増えているが、ヤフーはある意味、もともとがAI企業。自然言語処理に関する国際的なカンファレンスで、過去に何度も論文が採用されるほどの実力を持っている。

ヤフーはまた、絶好調のEC事業を含め、AIに必要な多種多様なデータも持っている。AIで攻めに転じれば、大躍進することは間違いない。

スマホの次はどんなパラダイムになるのだろうか。これまで多くの人がこのテーマで議論してきた。僕自身、ボイスが次のパラダイムだと思った時期もあった。VRが次のパラダイムだという主張もある。

【参考記事】次のキーテクノロジーは音声、次の覇者はAmazon

しかしC向け大手テック企業の動きを見ると、どうやら次のパラダイムはクラウドAIであり、ボイスやVRはそのパラダイムの1つの側面に過ぎないことが分かってきた。

次のパラダイムの覇権をめぐり、今年後半は各社からの製品発表のラッシュが続くことだろう。そうした製品発表の本質が、クラウドAIであることを理解すれば、各社の戦略がより鮮明に見えてくることだろう。

さあ、次のパラダイムの覇権をめぐる戦いの幕が切って落とされた。

Newsweek日本版より転載
http://www.newsweekjapan.jp/

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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