米カリフォルニア州で開催されたAI半導体大手NVIDIA(エヌビディア)のカンファレンスGTC2017に参加してきた。「AIはブームにしか過ぎず、2~3年でブームは去る」。そういう意見が聞かれる中で、GTCでは、進化が加速したAI半導体と、それをベースにした各種ソフトウェアプラットフォームが発表された。AI革命のインフラとも呼ぶべき技術がさらに進化を遂げたわけで、たとえAIがブームであったとしても2~3年では終わりそうもないことが分かってきた。
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並列処理で科学、AI研究者御用達に
半導体業界には、ムーアの法則と呼ばれる有名な法則が存在する。ムーアの法則は、半導体メーカー大手Intelの創業者ゴードン・ムーア氏が1965年に提唱したもので、半導体の素子数が18カ月で2倍になる、という経験則だ。同氏がこの傾向に気づいたあとも、半導体の素子数は順調に18カ月ごとに倍々に増えていった。
ところが1990年代ごろから「ムーアの法則はいずれ頭打ちになる」と指摘されるようになってきた。基板上に一定幅以下の細い回路をプリントするのは、物理的に無理だというわけだ。
ムーアの法則が言及しているのは、CPU(中央処理装置)と呼ばれるタイプの半導体。CPUは、逐次処理、つまりコマンドを1つ1つ順番に処理していくタイプの半導体だ。
一方でNVIDIAが製造するのは、GPU(グラフィック処理装置)と呼ばれるタイプの半導体。GPUは並列処理、つまり複数のコマンドを同時に処理できる半導体だ。一人の能力が限界に達したのなら、仕事を複数の人間で手分けして行えばいい。そういう感じだ。
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特にAIは、かなりの計算能力が必要になる。なので最近では逐次処理のCPUではなく、並列処理のGPUが重宝されるようになっているわけだ。
GPUは、グラフィックという名前がついている通り、もともとは主にコンピューターグラフィックスやゲームなどに使われていた半導体。その並列処理に最初に目をつけたのは、大量の計算処理を必要とする物理学や化学の研究者たちだった。
その流れで次にAIの研究者たちがGPUに飛びつき、今ではGPUはAI研究者御用達の半導体になった。そしてGPUのトップメーカーであるNVIDIAは、時代の寵児として華やかな舞台に躍り出たわけだ。
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NVIDIAの年次開発者会議であるGTCには、世界の大手自動車メーカーを始め産業界のトップ企業、有名大学、有名研究所が顔を揃えるまでなっている。GTCの参加者は2012年が2300人だったが、昨年は約5000人、今年は7000人を超えた。5年間で3倍に膨れ上がったわけだ。
頭打ちどころか、進化が加速した
今年のGTCで最も驚いたのが、次世代GPUに関する発表だ。NVIDIAの次世代GPUには、210億のトランジスタが搭載されるという。CPU100基分に相当するトランジスタ数だという。
処理能力は、前世代の5倍、その前の世代の15倍にも達し、「ムーアの法則で予測されている値の4倍を超える」(NVIDIAのCEO、ジェンスン・フアン氏)という。
ムーアの法則が頭打ちになるどころか、ムーアの法則を4倍以上加速させたことになる。
新しい設計思想を採用したことによる加速らしい。新しい設計思想は、よりAIに向いたものになっているのだという。
進化が加速したことで、どのようなことが可能になるのかはまだ分からない。まるで水平線の辺りに、大きなうねりが見えたようなものだ。まだ遠くにあって、その実感はつかめない。しかしその大きなうねりは、必ず浜辺に押し寄せてくる。
2~3年でAIブームが収束するどころか、2~3年後にはさらに大きな波となって多くの業界を飲み込むことになるだろう。
シミュレーション環境でロボット百花繚乱
ロボットのAIにリアルな環境の中で学習させるのは大変だ。なぜならロボットが失敗するたびに、いろいろなものを壊すからだ。でも失敗しない限り、学びはない。
失敗しても、モノが壊れない環境が必要になる。バーチャルリアリティなら、失敗してもモノは壊れない。そこでNVIDIAでは、ロボットAIの学習のためのバーチャルリアリティのシミュレーション環境「Isaac」を開発した。
ロボットのためのシミュレーション環境なので、できる限り現実に近いものである必要がある。
例えば、つかんでいたモノを落としたときは、引力の法則に従って落下する必要がある。バーチャル環境の中でも、地球上の物理法則が存在しなければならないわけだ。
見た目も、リアル環境そっくりのほうがいい。光の方向によっては物体に影ができ、影の中は暗くてモノを認識しづらくなる。こうしたリアリティも、バーチャル環境の中で再現されなければ、ロボットは現実を正しく学習できないだろう。
また人間もこのバーチャル環境の中に入って、ロボットとインタラクションし、ロボットAIの学習を支援する必要がある。
一方で現実と異なるほうがいいこともある。例えば人間は学習したことを他の人に伝える場合は、書物などを通じて間接的に情報を伝達しなければならない。ロボットは搭載されているAIをネットワークで繋げば、1台のロボットが学習した情報が瞬時にすべてのロボットに直接的に伝播される。複数台のロボットに試行錯誤させて学ばせることで、学びを加速させることが可能なわけだ。シミュレーション環境ならロボットの台数を増やすことに、まったくコストはかからない。
またシミュレーション環境の中では、時間が現実の通りに流れる必要はない。時間を早送りしておけば、ロボットはそれだけ速く学習できることになるわけだ。
AIが学習するには膨大なデータが必要だ。そのデータを効率よく集める方法として、このようなシミュレーション環境を使うという手法はこれまでにも使われてきた。
韓国の碁のチャンピオンに勝ったGoogle傘下DeepMindのAI「AlphaGo」は、シミュレーション環境の中で何度も何度も自分相手に戦ってきた。自動走行車ベンチャーのZooxも、シミュレーション環境の中で走行距離を伸ばし、より安全な自動走行AIを作ろうとしている。
ただこうしたシミュレーション環境を作るには、それなりの技術とコストがかかる。それをNVIDIAがすべてのロボットベンチャーに代わって開発し、広く提供しようというわけだ。
NVIDIAには、科学演算で培ったノウハウがある。物理法則をバーチャルリアリティの中に実装するのは得意だ。光の当たり方などをリアルに再現する技術にも定評がある。NVIDIAがこれまでゲームや科学演算、AIなどの分野で培ってきた技術が、すべて役に立つことになる。NVIDIAならではのシミュレーション環境となることだろう。
このシミュレーション環境で学習したAIを搭載するだけで、ロボットはその日からリアルな環境を理解し、活動できることになる。
NVIDIAはまた、ロボットのハードウェアの規格もいくつか用意し、提供し始めた。ハードウェアとソフトウェア(AI)の両面から、ロボットベンチャーを支援しようというわけだ。
今後、シミュレーション環境「Isaac」を利用して賢くなったロボットが次々と登場してくることだろう。製造業からヘルスケアまで、2、3年後にはあらゆる産業でロボットが活躍する社会になっているかもしれない。
このほかにも、バーチャルリアリティの中に複数のデザイナーが入って、議論しながら製品をデザインできる開発環境なども発表された。
このように発表されたのは、他社が利用することでAI革命が加速しそうなインフラ的な技術ばかり。こうしたインフラを使ってAI革命は加速こそすれ、ブームが2,3年以内に収束することなどありえない話だと思う。
Newsweek日本版より転載
http://www.newsweekjapan.jp/