銀行はイノベーションのハブになれるか

AI新聞

 メガバンクが、大企業とベンチャー企業のマッチングにより積極的に動き始めた。企業に関する情報量では圧倒的な強さを持つだけに、日本らしいイノベーションのハブになるかもしれない。キーパーソンの一人、みずほ銀行イノベーション企業支援部の大櫃(おおひつ)直人氏は、マッチング業務が銀行の主要業務の1つに育つ可能性があるという。

「シリコンバレーを日本に」は無理

 僕がシリコンバレーに住んでいたころから今にいたるまで、「日本にシリコンバレーのようなテクノロジーの集積地を作るのにはどうすればいいか」という質問を受けることがよくある。

 僕の答えは、一言、「無理」。日本と米国では、ビジネス風土が大きく異なるからだ。

 優秀な人が次々と起業する米国とは異なり、日本の優秀な人材は大企業に集まる傾向にある。そして大企業の中に埋もれ、能力を低下させる傾向にある。

 ベンチャーで成功する人が増えれば、起業志望者が増えるはず。30年前からそう言われてきた。少しは増えているのかも知れないが、優秀な学生の多くが大企業を目指している状況はいまだに変わらない。

 なので日本には、シリコンバレーとは異なる形でイノベーションを起こすべきだと思っている。日本で大きなイノベーションを起こすには、大企業を巻き込むしかない。ずっとそう思ってきた。

 大企業とベンチャー企業を結びつけようとする動きは幾つか既に存在する。心ある人達が個人的に動いていたりするが、やはり善意の個人ができることは限られている。持続可能なビジネスとして一定規模にならない限り、イノベーション創造の仕組みにはなり得ない。そんなふうに考えている。

長期的な視点でマッチングを支援

 銀行がビジネスマッチングに乗り出したのは最近の話ではない。金融庁によって、ビジネスマッチングが銀行の付随業務として認められたのが約10年ほど前。

 ただ銀行には紹介責任がある。世間的な理解が進んできたとはいえ、マッチングの片方が、ベンチャー企業というリスクそのもののような事業体では、銀行はどうしても及び腰になってしまう。

 また紹介料として1件当たり上限数百万円を受け取ることが可能な仕組みにはなっているものの、メガバンクの他の花形業務に比べればビジネスの規模は小さい。

 そこでみずほ銀行では、紹介料ビジネスとしてではなく、証券会社やベンチャーキャピタルなどグループ全体の長期的なメリットを重視する形で、大企業とベンチャー企業のマッチングなどを通じて企業の成長を支援するイノベーション企業支援部を今年4月に立ち上げた。

 具体的な業務としては、1つにはビジネスマッチングイベントがある。直近のイベントでは、ベンチャー企業を100社ほどリストアップし、大企業40社ほどに提示。大企業に会ってみたいベンチャー企業を数社選んでもらい、マッチングイベントに臨んでもらう形で、約250件の商談をセットした。

「大規模には年に2回ほど実施していますが、とても熱いイベントです。終了時間になっても、話し込んでいて席を立たない参加者が多いんです」と同氏は笑う。

「それだけ大企業はベンチャー企業を求めている、ベンチャー企業は大企業を求めている、ということなんだと思います。大企業が知らないベンチャー企業に出会えているということなんでしょう」。

 2つ目は、バイオ関連イベント。バイオベンチャーは技術情報を公開したくないもの。なのでビジネスマッチングイベントのような公開の場には出てこない。そこでバイオベンチャーに銀行にきてもらい、みずほ銀行の産業調査部や、化学業界担当者や医薬担当者を集めてプレゼンテーションしてもらうようにしている。銀行には守秘義務があるので、安心して本音を語ってもらえるというわけだ。

 バイオベンチャー側からは、持っている技術の紹介や、将来ビジョンを語ってもらい、製品化、ビジネス化の面で大企業の力をどのように借りたいのかなどを説明してもらう。産業調査部の担当者たちからは、自分が担当している大企業との組み合わせのアイデアを出してもらう。このイベントでも「業務提携の話も出ています。想像を超えた成果が上がってます」と同氏は言う。

 3つ目はVCマッチング。月に2回行っているイベントで、1回のイベントにベンチャー企業5社、VC数社を集めている。VCはみずほ系の3社を含むものの、他社にも声をかけているという。

「ベンチャー企業にとっては資金調達のためにVCを一軒一軒回る手間が省けるというメリットがあります。ベンチャー投資ってライバルを出し抜くというよりVCみんなで応援するという雰囲気なんですが、VCにとってはVC同士が話し合えるというメリットもあるみたいです」。

「とにかくベンチャー企業が成長するためにお役に立てることは何かを考え、それを効率的に実行する、ということを徹底してやっている部隊です」と大櫃氏は言う。

銀行の主要業務になれるか

 果たしてみずほ銀行は、イノベーション企業支援部にどの程度本気なんだろうか。

「30年前には存在しなかった企業が今では当行の大きなお客様になっていることもあります。ベンチャー企業と早い時点からタッグを組んで成長していくということが大事な業務であるということは、みずほの経営に根付いています」と大櫃氏は指摘する。

 ただベンチャー企業はリスクも大きく、潰れる確率も高い。なので銀行はこれまで及び腰だった。

「でもグループ全体でベンチャー企業を支援していくことによって、上場の際にみずほ証券が主幹事をもらえるかもしれません。みずほ信託が証券代行業務を取れるかもしれません。みずほ系VCが投資してキャピタルゲインを得ることも可能。ベンチャー企業の支援においては、グループ全体で考えることが大事だと、わたくしどもは思ったわけです」

 イノベーション企業支援部の活動としても、進捗具合を測定する指標や目標も定めているようだ。その成果の1つの形として「1年に1件くらい大掛かりなエグジットを発表できるようにしたいですね」と大櫃氏は言う。

 ベンチャー支援という、これまで銀行が得意ではなかった領域にまで踏み込んできたのは、マイナス金利など銀行をめぐる状況が厳しくなってきていることもあるのだろう。

「将来のみずほを作る1つの道を模索しているということだと思います。またここに踏み込んでやっていかないと、銀行業界もそうですが、日本自体がまずいことになると思うんです」。

 画期的な取り組みだけに業界内でも注目を集めているらしく「ライバル銀行から、話を聞かせてくれってやってきました」と笑う。この動きは他行にまで広がっていきそうだ。

 果たして、銀行は日本的イノベーションのハブになれるのか。注意深く見守っていきたい。

Newsweek日本版より転載
http://www.newsweekjapan.jp/

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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