Pixelに見る新しいGoogleの哲学:「垂直統合への移行」と「厳しすぎるプライバシー保護よりAIの利便性」

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写真:ロイター/アフロ モバイル業界の2強と言えば、GoogleとApple。それぞれが「スマートフォンはこうあるべき」「テクノロジー業界はこう進むべき」という哲学を持ち、その哲学をそれぞれの製品に反映させている。今回Googleが発表したスマートフォンPixelも同様にGoogleの哲学を反映しているが、そこには過去からの微妙な変化が見られる。

垂直統合Apple哲学の勝利

 過去20年以上に渡ってテクノロジー業界を2分してきた論争がある。「水平分業」と「垂直統合」のどちらが優れているのかという論争だ。

 1980年から2000年ぐらいまでのパソコン全盛時代において、勝利したのは「水平分業」だった。半導体はIntel、基本ソフトはMicrosoft、パソコンのハードウェアはNECや富士通といったパソコンメーカーが担当する、という形の水平分業だ。パソコンメーカーが価格競争をしたおかげで、MicrosoftのWindowsを搭載したパソコンはどんどん安くなり、職場や家庭に普及していった。

 Appleは、ハードからソフトまで1社で作る「垂直統合」にこだわり、性能面では高く評価されたものの、価格面ではWindowsパソコンに及ばす、市場シェアで大きく水を開けられた。

 2000年代終盤からはスマートフォン全盛時代に入ったが、Appleはスマホでも「垂直統合」にこだわった。一方の雄Googleは「水平分業」戦略を取り、基本ソフトAndroidを無償で提供、Apple以外のスマホメーカーは一斉にAndroidを採用した。

 Androidの市場シェアは勢いよく伸び、業界内ではしばらくの間「やはり水平分業モデルのほうが優れている」という意見の方が多かったように思う。

 しかし、確かに途上国での低価格のAndroidのシェアは堅調に推移したが、先進国ではiPhoneが圧倒的な強さを誇っている。しかもシェアではなく利益率で見るとAppleは圧倒的に強く、その潤沢な資金をベースにさらなる技術革新を続けている。一方でAndroid陣営の中には、価格競争に疲弊し、脱落するメーカーも出始めた。

【参考記事】人工知能が加速させるボイス革命

 今回Googleは「内側から外側まですべてGoogleが作った最初の電話」(公式ブログ)Pixelを発表した。

 Googleはこれまでにもハードウェアメーカーを買収したり、特定のメーカーとタッグを組み、高機能スマホを共同開発するなどしてきた。しかしそれではGoogleが思うようなスマホを思うようなタイミングで発売できなかったということなのかもしれない。今回は自分たちがハードウェアメーカーへと脱皮し、「垂直統合」モデルに切り替えたわけだ。

 パソコン時代には「水平分業」が有利だったのに、スマホ時代はなぜ「垂直統合」が有利になったのか。

 恐らく技術革新が加速度を増しているからだと思う。技術革新の速度がそれほどでもなければ、他社とゆっくりと協議し、よりよい製品をより安く提供することを目指せばいい。しかし技術革新が加速度を増しているのなら、他社と足並みを揃える時間さえもったいない。ソフトの技術者とハードの技術者が机を並べて新しい技術に取り組まなければ、時代の速度についていけないということだ。

 技術革新はこれからもさらに加速度を増すだろう。ということは、これからのテクノロジー業界は「垂直統合」モデルしかない、ということなのかもしれない。

 今回のGoogleの新製品の発表で、テクノロジー業界の「水平分業vs垂直統合」の論争は、「垂直統合」の勝利で決着したと言っていいのだと思う。

ブライバシーか利便性か

 テクノロジー業界には、もう1つ論争がある。プライバシーと利便性のどちらを重視すべきかという論争だ。

 Appleはプライバシーを重視し、Googleは利便性を重視している。

 Appleは、厳しいプライバシーポリシーを自らに課していて、ユーザーのデータはできるだけ早く削除する方針だという。

 一方のGoogleは過去のデータをほとんど全部記憶し、過去のデータを基にサービスの利便性の向上に努めている。僕自身もgmailなどGoogleのサービスを愛用しているが、出張の際に滞在するホテルから予約の確認のメールを受け取っただけで、Googleマップ上にそのホテルの場所が表示されているのを見たときには驚いた。Googleに自分の行動を把握されていることを「気持ち悪い」と感じる人もいるかもしれないが、僕自身は見知らぬ土地にきて、滞在予定ホテルがマップ上に表示されているのを見たときには、なんだかほっとした気持ちになったものだ。

 今回のPixelで撮影した写真や動画は、クラウド上の無料ストレージにオリジナルの解像度のままアップロードすることが可能だという。検索、メール、地図同様に、こうした写真や動画も、ユーザー一人ひとりに合ったサービスを提供するために解析されるのだと思う。解析するのは、当然人工知能(AI)だ。業界内でもトップクラスのAI技術を持つ同社だけに、その強みを前面に押し出してくるつもりだろう。

 こうした個人のデータを基にGoogleのバーチャルアシスタントAI「Googleアシスタント」は音声で、ユーザーの質問や命令に応えてくれる。Googleの発表文によると、Pixelは「Googleアシスタントを組み込んだ最初の電話機」だという。

 またGoogleは同じ発表文の中で「モバイルファーストからAIファーストへ」という表現を使っている。業界内では、パソコン向けサービスなど過去の資産を気にせずに、スマホ向けにサービスを一から作り直すことを「モバイルファースト」と呼ぶ。スマホ向けに過去に作ったプログラムなどを気にせずに、AIを最大限活用できるようにハードやソフトを開発し直すことを「AIファースト」と呼んでいるのかもしれない。Googleにとって、PixelはスマホというよりAI端末という位置づけなのかもしれない。ユーザーの利便性向上のために、Pixelを使ってさらに多くのユーザーのデータを収集し、AIで統合、解析するつもりなのだろう。

 「ユーザーのプライバシーを徹底的に重視する」というAppleの考え方と、「プライバシーには考慮しながらも、ユーザーデータを統合してAIが解析することで、よりよいサービスを提供する」というGoogleの考え方。

 これからユーザーは、どちらの考え方を支持するのだろうか。こちらの方の論争はまだ、決着がついていない。

Newsweek日本版より転載
http://www.newsweekjapan.jp/

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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