AIの新たな主戦場、チャットボットの破壊力

AI新聞

 AIといえば、自動運転、碁などの領域での進化ぶりが、連日のように報道されている。しかし、もう1つ急展開しているAIの領域がある。チャットボットの領域だ。

 Facebookがチャットボットのプラットホームを発表したり、Microsoftの新CEOがチャットボットはコンピューティングのがパラダイムシフトだと宣言するなど、米国のテック大手も大胆に動き始めた。しかしその商業化で世界で最も進んでいるのは、実は日本だ。

日本はチャットボット先進国

 日本のチャットボットの先駆け的な成功例は、リクルートのアルバイト情報サイト「fromA navi」が提供するLINE公式アカウント「パン田一郎」というキャラクターだ。パン田一郎は雑談トークに加えて、バイト探しや給料計算に関する質問をしても、トークで答えてくれる。バイトの次回のシフトを教えておくと、忘れないように出勤前にLINEのトークでお知らせしてくれる。

 パン田一郎が登場したのは、2014年7月。2年前の段階で、ここまでの機能を装備し人気になったチャットボットは、世界的に見てもほとんど例がないという。LINEの上級執行役員コーポレートビジネス担当の田端信太郎氏は「欧米で話題になっているチャットボットの事例を見に行っても、LINEで随分前からやっているようなシンプルなものばかり。企業への導入件数や実際の対話総数では、LINEが世界でも最前線にいるのではないか」と語っている。

 田端氏は、パン田一郎を見て、チャットボットの可能性に驚いたという。「それまでも企業が、公式アカウントと友だちになってくれたユーザーに対してお知らせを一方的に送るということはあった。だがパン田一郎のような雑談型チャットボットにすると、ユーザーとの対話数が段違いに多くなった」「一方通行のコミュニケーションより双方向のコミュニケーションがLINEといかに相性がいいのかが、はっきり分かった」という。

 パン田一郎の成功を見て、他社からもLINE上でチャットボットを導入したいという要望が寄せられるようになったが、パン田一郎はリクルートが開発したチャットボット。リクルートはパン田一郎に搭載している技術を他社にライセンスする考えはない。

 そんなとき日本マイクロソフトから女子高生AI「りんな」をLINE上で展開したいという話が寄せられた。マイクロソフトはいずれ「りんな」の人工知能を他社に提供するつもり。なので、まずはショーケース的に、りんなをLINEでリリースすることになった。日本マイクロソフトのシニア戦略マネジャーの中里光昭氏によると、りんなのAIエンジンを他社ブランドのチャットボットに応用する実証実験が始まっており、来年には複数の企業向けにりんなのAIエンジンを提供していく見通しという。

チャットボットを生むビジネスチャンス

 ではチャットボットにはどのような可能性があるのだろうか。

 以前のコラムで紹介したトランスコスモスの例は、チャットボットではなく有人対応のチャットの例だ。しかし有人対応の対話データが十分に集まれば、いずれ有人から「有人+チャットボット」のハイブリッド型に移行し、最終的にはチャットボットで完全自動化される。この方向に進むのは間違いない。

 なので、現時点での有人対応のチャットで有効な領域は、いずれチャットボットとしても有効な領域になるものと考えられる。

 以前のコラムで紹介したような、不動産事業者への問い合わせなど、今まで敷居が高かったサービスへの問い合わせが、まずは有効な領域。ほかには、ダイエット、整形のようなコンプレックス系のサービスへの問い合わせなどにも有効だろう。

 トランスコスモス上席常務執行役員の緒方賢太郎氏はまた、チャットボットがリアル店舗とECサイトの中間のようになり、オムニチャネルと呼ばれるような顧客との接点を完璧につなぐような役割を果たすようになるという。

 transcosmos online communicationsの貝塚洋社長は、顧客獲得だけでなく顧客関係管理(CRM)にも効果を発揮するはずだと指摘する。チャットを通じて既存顧客からも苦情や感想が寄せられるようになり、顧客をつなぎとめたり、グループ分けすることも可能になる。さらには、「営業マンや支店の対応がどんな具合なのかも、本社のほうで把握できるようになる」という。

 一方でLINEの田端氏は、「チャットは、検索でも条件選択でも絞り込めないような潜在的ニーズを顕在化できる」と指摘する。例えば「母の日にいい感じのプレゼントを送りたい」という潜在ニーズがあるとする。当然ながら検索エンジンで「母の日プレゼント」「いい感じ」というキーワードで検索しても、思っているような「いい感じ」のプレゼントの提案は困難だろう。「いい感じ」という曖昧な要求を、検索エンジンが理解できないからだ。ECサイトで、幾つかの条件で絞り込もうとしても、絞り込み設定は、価格、色、ブランドなどしかなく、「いい感じ」というキーワードで絞り込めるわけではない。ところがチャットだと「お母さんは何歳ですか?」「趣味は」などという対話のキャッチボールをする中で、「いい感じ」がどのような商品を指すのかを導き出すことが可能だ。つまりチャットは、リアル店舗の店員がやってくれるような商品の絞り込みを、ネット上でも可能にする仕組みだ。

 こうしたチャットの利点が、有人対応からチャットボット対応に代わり、さらにはチャットボットの人工知能が賢くなることによって、一気にスケールしようとしているわけだ。田端氏は「チャットボットは、一番多くの情報を持っている非常に優秀な店員を安く作れる仕組み」だと言う。優秀なチャットボットを開発できた企業は、これまで有人でしか対応できなかった顧客との設定を一気に拡大できることになる。

グループチャットは、コミュニケーションの新パラダイム

 さらに大きな可能性がある。グループチャットだ。

 LINEのようなメッセンジャーのグループにチャットボットを招待することで、チャットボットがグループの秘書的な役割を果たしてくれるようになるかもしれない。

 例えば家族で旅行先や日程を決めたい場合、家族のLINEグループにチャットボットを招待すると、チャットボットが各人の予定や要望を聞いて、日程や行程を調整し、提案してくれるようになるかもしれない。会社の同僚のLINEグループにチャットボットを招待すると、忘年会の日程を調整し、場所を推薦してくれるようになるだろう。「コンセンサスに基づく意思決定の場にチャットボットは有効になると思います」と田端氏は指摘する。

 ECサイトやモバイルアプリはここ数年で随分便利になったが、僕自身も非常に不便に思うのが他者とのスケジュール調整だ。調整しなければならない相手が複数になると、大変な作業になる。それをチャットボットが代行してくれるようになるのは非常に便利だし、スケジュール調整と同時に居酒屋やホテルを提案してくれば、その提案を受け入れることも多くなるだろう。メッセンジャー上のチャットボットは、レストランや旅行に関するサイトやアプリの優劣をひっくり返すディスラプティブ(秩序破壊的)なテクノロジーだと思う。

 中里氏は、別の意味でグループチャットに関心を持っている。「グループチャットこそが自然な会話。チャットボットがグループチャットの中に入っていて受け答えできるようになれば、かなりおもしろいことができるようになるはず」と指摘する。例えば、会話の途中で誰かが突然黙る。それは何を意味するのだろう。もしくは明らかに本心ではないことは、あえて言う。人間なら分かるちょっとした行動のニュアンスを、チャットボットが理解できるようになれば、AIによる言語理解が一気に進むようになる。「グループチャットになることで、言語理解の難易度は格段に高くなる。しかし、そこを目指すべきだと思う」。

 今のチャットボットは、ウェブサイトやモバイルアプリでのユーザーとのやり取りを対話風に見せかけているものが多い。しかしグループチャットは、サイトやアプリでは存在しえなかったコミュニケーションの形。グループチャットで、チャットボットは企業と消費者の対話を、今までにない段階にまで引き上げることになる。

 中里氏はさらにsiriのようなタスク達成型のチャットボットと、りんなのような雑談型のチャットボットが組み合わさってもおもしろいかもしれない、と指摘する。2体のチャットボット同士が会話している中に人間が加わったときに、人間はどのような心理状態になるのだろうか。ロボット工学の権威、大阪大学の石黒浩教授によると、2体のロボットを使った実験では、2体の間で話が通じていると、それを理解できなけば人間のほうが弱気になるのだとか。

 この現象を利用して、バーチャルリアリティの仮想空間の中にチャットボットを搭載したアバターを2体登場させれば、仮想空間に入ったユーザーは仮想空間がより一層リアルに感じるようになるかもしれない。

 中里氏の話を聞いて、僕自身もいろいろアイデアが浮かんできた。

 例えば、チャットボットのAIを搭載したバーチャル秘書ロボットが、職場内の対話を解析し、業績との相関関係を分析するようになれば、上司がどのように部下に接すれば部下のやる気が出るのかなどといったことも、科学的に明らかになるかもしれない。

 家庭内ロボットが、国内の家庭内の対話内容を集計、比較することで、親のどういった接し方が子供の教育にどう影響するのかも分かるかもしれない。

「部下との接し方」「子供の教育法」に関する本が山のように出版されているが、ほとんどが個人の経験をもとにした対人指南書にすぎない。しかし将来チャットボットが賢くなると、対人指南書がデータをベースにした科学的なものになるかもしれないわけだ。

あらゆるモノに知能が載る時代へ

 中里氏は、さらにチャットボットがいろいろなデバイスに搭載される可能性があると指摘する。

 Amazonのスピーカー型バーチャルエージェント「 Echo」が米国で大旋風を巻き起こしているが、雑談型チャットボットのAIを搭載したスピーカー型バーチャルエージェントが完成すれば、Echoに追いつき、追い越すことも可能かもしれない。

 かわいい形状のロボットやぬいぐるみに、チャットボットエンジンを搭載してもおもしろそうだ。

 さらには冷蔵庫や、テレビ、家具などにも、いろいろなセンサーやチャットボットエンジンが搭載されれば、すべてのモノのインテリジェント化が進む。われわれの住む世界は、ずいぶんと違ったものになる。そうした時代のキーテクノロジーの1つになるのが、チャットボットだと思う。今はまだその可能性に気づいている人は少ないが、この小川の流れが、いずれ大きなテクノロジーの潮流になるのは、間違いない。断言してもいい。

Newsweek日本版より転載
http://www.newsweekjapan.jp/

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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