LINEチャット対応でデータを蓄積、トランスコスモスのAI戦略

AI新聞

 人工知能はいろいろな業界の勢力図を塗り替えようとしている。中でも注目すべきはチャットマーケティングの領域。今はアナログの手法が中心だが、いずれチャットボットで全自動化されるはず。その未来に向かってコールセンター大手のトランスコスモスは過去と決別する決意で動き始めた。

 金曜日の午後5時。大東建託のLINEアカウントを通じて「礼金ゼロ円キャンペーン」の案内を一斉同報したところ、その直後から何万というLINEメッセージがまるで嵐のように押し寄せてきた。対応するのは、大東建託の委託を受けた数十人のトランスコスモスのチャットオペレーターたち。ある程度の瞬間風速を予想し、一人当たり十一画面とにらめっこをしながら対応に努めたが、熟練者でも圧倒される勢いだ。

「神対応」が評判に

 発表文によると、LINEアカウントを通じた大東建託に対する問い合わせ件数は3カ月平均で一日180件にも上った。LINEのやり取りのあと、実際に来店し、賃貸契約に至った顧客も大幅に増加したという。

 ユーザーの評判も上々だった。「勘違いした問い合わせにもチャットオペレーターが親切に対応したので、『神対応』としてネット上で話題になったりしました」(transcosmos online communications貝塚洋社長)。「多くのユーザーにとって大東建託さんとのファーストコンタクトになる。そこでの対応がよければ、その会社のイメージががらっと変わる。チャット対応の責任は重いんです」(トランスコスモス上席常務執行役員・緒方賢太郎氏)という。

 緒方氏によると、かわいいスタンプを無料配布することで数百万人程度の「お友だち」を獲得することは可能。大手ECサイトともなると3000万人程度の「お友だち」がいるという。ものすごい数だ。そこに向かってメッセージを発信することで、低コストで「お友達」から「顧客」へのコンバージョンが可能だという。貝塚氏によると、某クライアントの顧客獲得コストは、リスティング広告の3分の1程度にまで削減されたという。

 なぜチャットマーケティングがここまで効果を発揮できるのか。1つの理由は、若者のコミュニケーションツールが、電話、メールから、LINEへと移行してきているからだ。貝塚氏は「われわれの調査によると、10代、20代のコミュニケーションの7、8割はチャットベース。余程のことがないと電話しないんです」と言う。

さらには、手軽さもある。電話と違って本名を名乗る必要もない。「ニックネームのまま来店予約もできるんです」(貝塚氏)。電話と違って、思いついたその場で連絡できる。「電車の中でも、問い合わせが可能」「コミュニケーションの障壁が大きく下がるんです」(貝塚氏)。

 トランスコスモスでは、チャットマーケティングの領域の将来性を見込んで今年5月に、專門の子会社であるtranscosmos online communications株式会社をLINE株式会社と共同で設立。7月には、ダイエット特化ジムのライザップの公式アカウントの運用代行を始めた。「コンプレックスに関する話題なので、店頭よりもLINEのほうが相談しやすいみたいです」(貝塚氏)という。


ほかには、チャットマーケティングはどのような領域に向くのだろうか。貝塚氏によると新規顧客開拓にも有効だが、既存顧客とのコミュニケーションにも役立つという。チャットを通じて顧客の要望やニーズに細かく対応できるからだ。「そういう意味では、高額商品の顧客対応に向いていると言えますね。もしくは携帯電話や有料放送など、既存顧客にしっかり対応できれば、ずっとメンバーでいてくれるようなサービスに向いているかもしれません」。

 また緒方氏によると「チャットは、リアル店舗とECサイトの中間に位置する存在になる」と言う。リアル店舗のような開店時間の制限もなく、運営コストもかからない。でもECサイトよりも、密なコミュニケーションが可能だからだ。「チャットは、店舗やサイトなどの異なるチャンネルをスムーズに結びつけるようになり、コミュニケーションの『落ち』がなくなる」と指摘する。

通信記録を人工知能へ

 だがチャットの最大の魅力は、人工知能(AI)につながっていくという将来性にあるという。

 有人のチャット対応で蓄積されたコミュニケーションの記録は、データとしてAIに読み込ませることが可能。AIはデータが増えれば増えるほど賢くなっていく。賢くなったAIは、人間並みの受け答えが可能なチャットボットとして成長していくことになる。

 最終的には全自動のチャットボットになるのだろうが、まずは有人対応とチャットボットのハイブリッド型に移行するものと見られている。トランスコスモスでは、ハイブリッド型の体制に移行する準備は既にできているという。

 動きの速いデジタルマーケティング企業は、トランスコスモス同様、AIの進化を受けた全自動チャットボットの可能性に気づいている。サイバーエージェントは7月1日に、チャットボットを專門とする子会社、株式会社AIメッセンジャーを設立。沖縄にチャットセンターも設立した。有人によるチャット対応でデータを集めて、チャットボットのAIを進化させるつもりだろう。狙いは、トランスコスモスと同じだ。

 トランスコスモスには有人対応のデータの蓄積があり、AI時代に向けて非常に有利な立ち位置にいるとも言えるが、一方でコールセンターが主要事業の同社にとって、有人対応をチャットボットに移行させることは、自ら自分の首を絞める行為でもある。

カギは有人段階でのデータ集め

「少し前までは、チャットボットによってわれわれのコールセンター業務が大打撃を受けるのではないかという懸念の方が強かった。でも專門の子会社を設立した辺りから、社内のムードが一変。今は座して死を待つより、ファーストムーバー・アドバンテージを取っていきたいという思いが強くなっています」と貝塚氏は言う。「結構、本気です。トランスコスモスは変化に強い会社。これまでも何度もパラダイムシフトを乗り越えてきた。今回もピンチをチャンスと捉えて、大きく羽ばたくつもりです」。

 人工知能の急激な進化は、間違いなく大きなパラダイムシフト。マーケティング、物販の世界は、チャットボットという人工知能が先頭に立って、業界の勢力図を塗り替えていこうとしている。勝敗を決めるのは、人工知能を賢くするためのデータを持っているかどうか。有人対応というアナログな手法でデータを集め始めたところが、後に大きく飛躍することになる。勝負の分かれ目は、今だ

Newsweek日本版より転載
http://www.newsweekjapan.jp/

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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