モバイル動画の最終形とVRの未来

AI新聞

 自分が新聞業界出身ということもあり、インターネットがコンテンツ産業に与える影響について長年いろいろ考えてきた。先日も株式会社gumiの國光宏尚氏と話していて思ったんだけど、配信するデバイスがコンテンツに与える影響って一定のパターンがある。同じパターンで、人気コンテンツが変化していくように思う。

操作方法が直感的に楽しいゲームが流行る

 例えばゲーム。スマートフォンでゲームがプレイできるようになったときに、既存ゲームメーカーは家庭用ゲーム機で人気だったゲームをそのままスマホ上に持ってこようとした。でも大して流行らなかった。

「直感的に気持ちのいい操作方法がデバイスによって異なるので、以前のデバイスのコンテンツをそのまま持ってきてもうまくいかないんですよ」と國光さんは解説してくれた。スマホゲーム市場で一定の業績を上げてきた國光さんならではの見解だ。家庭用ゲーム機にはハードウエアのボタンがある。このボタンを使った気持ちのいい操作方法とは、例えば連打。なので家庭用ゲーム機で流行ったゲームには、ボタンを連打する操作が必要となっているものが多い。

 一方でスマホの画面は、固くて連打しづらい。「スマホで直感的に気持ちのいい操作方法は、連打でなく、指で画面をなぞること。パズドラやツムツムといった人気ゲームの操作方法は、画面を指でなぞるというやり方。なので大ヒットしたんです」と國光さんは言う。

 なるほど。それがヒットの一因だったんだ。デバイスの特性を理解するということなんだ。

最後は特性を理解したプロの作るコンテンツ

 興味深いのは、コンテンツ業界がこの「デバイスの特性」を理解するのに、どうやら一定の時間がかかるということだ。

 ゲーム業界では、まず家庭用ゲーム機のゲームをそのままスマホ上で展開して概ね失敗。その代わりに流行ったのが、個人のクリエーターが開発したゲームだった。

 そういえば、画面を指でなぞる操作で、ゴミ箱に紙くずを投げ入れるというスマホゲームが以前流行ったっけ。直感的に楽しい操作方法が重要だと理解した上で開発したのか、たまたま成功したゲームが画面を指でなぞるゲームだっただけのか。それは分からない。でも個人クリエーターが試行錯誤してくれたおかげで、スマホゲームでは指で画面をなぞる動作が多くの人に好まれるということが分かった。

 そして個人のゲームクリエーターの成功を見て、直感的に楽しい操作性の重要性に気づいた大手ゲーム会社が、資金力にモノを言わせ、より完成度の高いゲームを投入してきた。そうなると個人のゲームクリエーターはひとたまりもない。一掃されてしまうことになる。

 つまり「コンテンツをそのまま投入し失敗」→「デバイスの特性を理解した個人の成功」→「それを洗練させた企業の勝利」という段階を経て、モバイルゲームの最終形へとたどりついたわけだ。

【参考記事】Microsoftをなめるなよ! モバイルの次の覇権はAIでゲットだぜ!!

 これって他のコンテンツでも同じような気がする。スマホでテレビ番組を見れるサービスって、過去に幾つも出てきたけど、ほとんど失敗しているか、まだ大きな成果を出せていない。

 僕自身、モバイル動画サービスの動向をまったく追っていない。なぜならこれまでの動画サービスの多くが、テレビなどのコンテンツをそのまま流しているだけ。スマホというデバイスの特性を理解したものだとは到底思えないからだ。

 もちろん隙間時間にテレビ番組を手軽に楽しめるというメリットはある。でもそれだけ。これまでのサービスの成功って、やはりその程度のメリットに応じたレベルでの成功でしかないと思う。

 ネットやスマホの特性を活かした動画コンテンツのあり方って、別にあるはず。ずっとそう思ってきた。

YouTuberの登場

 そんな中、話題になったのがYouTuberたちだ。口コミで話題になりやすい内容を手短に撮影したコンテンツは大変な人気となり、中には広告料をかなり稼いでいるYouTuberもいると聞く。つまり「コンテンツをそのまま投入し失敗」→「デバイスの特性を理解した個人の成功」の段階にまできているわけだ。

 そして最近になり、プロの映像制作会社によるモバイルならではのコンテンツが登場し始めた。

 その極めつけがLINE LIVEで放送されている「WANTED~キンコン西野逃走中!?~」という番組だ。

 簡単に言うと、一般視聴者がオニで、お笑い芸人キングコング西野亮廣さんが視聴者から逃げる「鬼ごっこ」だ。

 西野さんは、どこにでもあるような住宅街の中を逃げまわる。その様子をカメラが追うわけだが、カメラに映る街の風景から視聴者が西野さんの居場所を推測し、コメント欄で情報を共有していく。

 一方で視聴者が「いいね!」を押せば、「いいね!」の数に比例した金額が賞金として、最初に西野さんを見つけてタッチした視聴者に支払われることになる。賞金は十万円を超えることもあり、西野さんがポケットマネーで支払うというルール。制限時間は1時間。自腹で支払わなければならない西野さんは、必死で逃げ回る。そういう番組だ。

 視聴者がスマホ片手に街に飛び出し、情報を他の視聴者と共有しながら西野さんを探し回る。これこそモバイルというデバイスの特性を理解した動画番組だと思う。

 一方で西野さんというタレントに出演してもらわなければならないし、カメラクルーも必要。個人のYouTuberには製作できないタイプの動画コンテンツになっている。

 動画コンテンツも「デバイスの特性を理解した個人の成功」から「それを洗練させた企業の勝利」の段階にようやく入ったわけだ。

次のパラダイム「VR」の特性とは

 さてgumiの國光さんの最近の関心事はVR(バーチャルリアリティ=仮想現実)、AR(オーグメンテッドリアリティ=拡張現実)、MR(ミックスリアリティ)。世界中の関連情報を収集しているし、関連企業への投資にも積極的だ。

 國光さんによると、VR、AR、MRの世界も、「コンテンツをそのまま投入し失敗」→「デバイスの特性を理解した個人の成功」→「それを洗練させた企業の勝利」という図式で進む可能性があると言う。

 そうであるならば、これから数多くのVRコンテンツが登場しても、既存コンテンツを単に360度化しただけのコンテンツだと、成功は限定的。その後、個人クリエーターが試行錯誤を続け、ある者は、VRならではのコンテンツがどういうものであるかを探り当て、大成功を収めるだろう。そしてそれを真似て、プロの集団が動き出し、市場を一気に押さえ出すだろう。

 問題はVRならではのキラーアプリとはどのようなものになるのか、ということだ。まずはVRゲームの市場が立ち上がることは間違いないだろうが、それ以降、どのようなソーシャルやビジネスのアプリが登場するのだろうか。PC時代の検索、モバイル時代のメッセンジャーときて、VR時代には何がキラーアプリ、キラープロダクトになるのだろうか。

 モバイルとは比較にならないほど大きくなると言われるVR、AR、MRの市場。次のGoogle、次のLINE、次のAppleになろうと、プレーヤーたちが水面下で動き始めたところだ。

Newsweek日本版より転載
http://www.newsweekjapan.jp/

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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