Microsoftって、いつから「イケてないテック企業」の代名詞になったんだろう。90年代にはテック業界のスーパースターだったのに。でも僕自身も、Microsoftの発表文には目もくれなくなったし、最後に取材したのがいつだったのかさえ思い出せない状態だ。
テック業界関係者の間では「過去の企業」のイメージがすっかり定着したMicrosoftだが、実はMicrosoftは大きく変貌している。
ソーシャル、モバイルという時代の波にはうまく乗れなかった同社だが、次の人工知能(AI)のパラダイムでは覇権を取れそうな位置にまで進み出ているのだ。中でもAIを搭載したチャットボットの領域では、再び世界を牛耳る可能性さえあるのではないかと思う。
そう思う根拠は3つ。1つは、基礎研究を続けてきたから。2つ目はCEOが変わったから。3つ目は圧倒的なインストールベースが健在だから、だ。
昔は多くの大手企業が、すぐに金になるのかどうか分からないような領域の基礎研究でも地道に行ってきたものだった。それが最近では多くの企業がすっかり近視眼的になり、すぐに役立つ研究以外には資金を投入しなくなった。
いまだに長期的視野で基礎研究を行っている大手企業といえば、Google、Appleのように潤沢な資金を持っているところか、それ以外だと日本ではNTT、米国ではMicrosoftぐらい。
Microsoftは、早くからAIの研究に力を入れていた。その研究がようやく実を結ぼうとしているのだと思う。米国のテック系ブログを読んでいても、MicrosoftのAI、特に対話エンジンの技術を高く評価する投稿を目にすることがある。
2つ目の根拠は、CEOが変わったから。前CEOのSteve Ballmer氏は、創業者Bill Gatesの意思を踏襲した経営者だった。Windowsのシェアを脅かすLINUXに対しては敵意を丸出しにし、「LINUXは触れるものすべての知的所有権にくいつく癌である」と非難したことで有名だ。
Ballmer氏に代わって2年前にCEOに就任したSatya Nadella氏は、Ballmer氏と真逆の戦略に乗り出した。Ballmer氏があれほど敵対視していたLINUXのサポートを決めただけでなく、Windowsという過去の成功体験からくるプライドをかなぐり捨てて、新しい領域に果敢に挑戦し始めている。クラウド・コンピューティングや、VR、AIなど、新しい領域での同社の評判は上々だ。
この新しいCEOが、基礎研究の成果を使って新しい事業領域に乗り出そうとしている。その動きを支えるのが、Windowsのインストールベースと幅広い顧客層。3つ目の根拠だ。
テック・ニュース的には「過去の企業」扱いされても、腐っても鯛。ビジネス界における影響力はいまだに半端ない。どれだけ優秀な頭脳を集めたベンチャー企業でも、ビジネス界における影響力ではMicrosoftの右に出ることろはないだろう。
この3つの条件を揃え持つMicrosoftが、AIの領域に全力で向かい始めた。特にビジネス向けのチャットボットで、時代の最先端に躍り出ようという考えだ。
7月にカナダで開催されたMicrosoftのパートナー向け総会で、CEOのNadella氏は「チャットボットはコンピューティングを根本から革命的に変える」と語っている。「今は、ボットはアプリを補完する感じだが、いずれ自然言語がすべてのコンピュータの新たなインターフェイスになる」というのが同氏の予測だ。「モバイルアプリであれ、PCソフトであれ、ウェブサイトであれ、すべての開発者は今後、新しいインターフェイスとしてボットを開発するようになるだろう。対話型UIがプルダウンメニューに取って代わるだろう」とまで語っている。
同氏の読み通りに時代が移行するのかどうか。チャットボットがコンピューティングを変えるようになるのかどうか。この段階ではまだまだ分からないが、賭ける領域としては非常におもしろい領域だと思う。
というのは、これまでのテック業界の主戦場の変化をキーワードで表現すると、「検索」から「ソーシャル」へと移行し、さらには「モバイル」へと移ってきた。今はモバイルの中でも、SNSからメッセンジャーへと主戦場が移行し始めている。米国では昨年ぐらいからSNSサイトよりもメッセンジャーの利用が多くなっているという。FacebookメッセンジャーやLINEといったメッセンジャーにユーザーが集まり、メッセンジャーをベースに業界全体が動こうとしているわけだ。
この動きになんとか追いつこうとGoogleは、新たなメッセンジャーのプロジェクトに乗り出すようだが、Microsoftはその次のパラダイムを見据えている。それがチャットボットだ。
今は多くのユーザーがパソコンのウェブサイトやモバイルアプリで行っているほとんどの行為が、メッセンジャー上のチャットボットという形で可能になると言われている。アプリをダウンロードする必要もなく、より手軽に、秘書に話かける感覚で、情報を調べたり、レストランを予約したり、航空券を購入できるようになる。それがNadella氏が考えるコンピューティングの次のパラダイムだ。
今は日本のテック企業の関係者だと例えば、家族、友人とはLINE、会社内だとSlack、社外のつきあいはFacebookメッセンジャーもしくはメール、といった具合に、コミュニケーション手段が幾つも存在している。非常に面倒だ。しかしすべてのコミュニケーション手段に、秘書的な共通チャットボットを乗せておけば、ユーザーはこのチャットボットとだけ、やり取りするだけで、すべてのコミュニケーション手段の情報を取りまとめられるようになる。
チャットボットは複数のユーザー間の情報の取りまとめも、得意とするところだ。メッセンジャーの家族のグループにチャットボットを参加させておけば、旅行に行きたい場所、したいことなど、各人の要望を考慮して、日程を調整した上で、旅行の行程やホテルの提案をしてくれるようになるだろう。
こうなればチャットボットは、よりユーザーに近い場所を取ることになるわけで、メッセンジャーは単なるインフラになってしまう。
主戦場がメッセンジャーから、チャットボットに移行するわけだ。
もちろんFacebookは単なるインフラに成り下がりたくないので、チャットボット・プラットフォームを開発し、提供し始めている。Microsoftがそこに入り込める余地はない。
それなのでMicrosoftはビジネス向けプラットフォームのSalesforceと提携を強化、Linkedinを買収したわけだ。世界的にプライベートなコミュニケーションインフラ上のチャットボットはFacebookが手放さないだろうから、ビジネスのコミュニケーションインフラ上のチャットボットはしっかりと抑えておこうという考えだろう。もちろんFacebook以外のメッセンジャーで、Microsoftのチャットボットを受け入れてくれるところとは、これからも連携を強めていくことだろう。
チャットボットの後ろで動くのはAI。AIは、データが多ければ多いほど賢くなっていく。先手必勝。後発者にチャンスはない。
さらにはチャットボットを通じて賢くなった対話型AIは、いずれ家電製品に搭載されてスマートホームの核になっていく。そして当然、ロボットにも搭載されていくことだろう。それがNadella氏の言う「コンピューティングを根本から革命的に変える」という予測の意味だ。
新生Microsoftは壮大なビジョンを持って動き出した。しかもそのビジョンを達成できる十分な底力を持っている。
Microsoftをいつまでも「過去の企業」と思って、なめんなよ!
Newsweek日本版より転載
http://www.newsweekjapan.jp/