次のキーテクノロジーは音声、次の覇者はAmazon

AI新聞

 Microsoft、Yahoo!、Google、Facebook、Apple・・・。わずか20年ほどのインターネット商用利用の歴史の中で、激しい覇権争いが何度も繰り返され、新しい技術が出るたびに覇者がころころと変わってきた。今はスマートフォン全盛時代で、AppleとGoogleが覇権を2分しているように見える。このまま2大覇者の時代が続くのか。それとも新たな覇者が登場するのか。再び覇権争いを引き起こすテクノロジーは何になるのだろうか。

 そのテクノロジーは、音声技術ではないかと思う。なぜならパソコンのキーボード入力よりも、さらにはスマホのフリック入力よりも、音声コマンドを発声するほうが人間にとってより自然だからだ。

 次の覇権争いは音声技術が引き金になって起こり、覇者はAmazonになる。断言するにはまだ少し早いかもしれないが、そうなる兆しが見えてきたように思う。

予想を上回る大ヒットAmazon Echo

 そう思う最大の根拠が、Amazonの家庭内バーチャルアシスタントEchoの大ヒットだ。

 バーチャルアシスタントとは、音声で質問すれば答えてくれたり、簡単な作業をしてくれる技術のこと。バーチャルアシスタントは、スマートフォンに搭載されているので、利用したことがある人も多いだろう。iPhoneだと「ヘイ、siri」、Android端末なら「OK、google」と話かければ、天気予報や、株価を教えてくれたり、目覚まし時計やカーナビを設定してくれたりする。

 そのバーチャルアシスタントを円筒形のスピーカーの形状にして、家庭向けの設置型として販売しているのがAmazonのEchoという製品だ。Amazon Echoは日本未発売のため日本国内で話題になることは少ないが、米国で今、爆発的に売れているようだ。

 Amazonはその出荷台数を公表していないが、Amazonの米国サイトのベストセラーリストの上位に常にランクインしているし、昨年の米国のクリスマス商戦の初日であるブラックフライデー(11/27)には、100ドル以上の商品のベストセラー1位だった。

 Amazonの関係者をインタビューした米国メディアBusiness Insiderの記事「The inside story of how Amazon created Echo, the next billion-dollar business no one saw coming(誰も予想できなかった次の10億ドル事業、Amazon Echoの開発秘話)」によると、Amazonの担当者にとってもEchoのヒットは驚きだったようで、出荷予測は実際の出荷台数よりも桁違いに少なく設定していたという。

レスポンスタイム短縮で山を超えた

 なぜここまでの大ヒットになったのだろうか。この記事は、Echoの音声コマンドに対する反応時間(レスポンスタイム)がキーになっていると指摘している。

 その当時のレスポンスタイムは、最先端の技術を持つところでも、約3秒。AmazonのCEO、Jeff Bezos氏はそれを1秒に短縮するように開発チームに命じたという。

 Bezos氏は、Appleの故Steve Jobs並みのワンマン経営者として業界内で有名な存在。何十年も対話エンジンに取り組んできた企業や大学の研究所でも3秒以下のレスポンスタイムを実現できないというのに、開発を始めたばかりのチームにBezos氏は1秒に短縮するよう命じた。開発チームは驚愕したという。

 開発チームは、できるだけ多くのデータを集めて改良を繰り返すという地道な作業を繰り返し、最終的には約1秒に短縮することに成功したのだという。

 またレスポンスタイムだけではなく、マイクの性能も優れているようだ。僕自身はまだEchoを実際に利用したことがないので分からないが、実際にEchoを取り寄せて研究したロボットベンチャーの社長によると、マイクの指向性が半端ないのだという。部屋の隅から発声しても、子どもたちが走り回る騒々しい部屋でも、「Echo、〇〇して」というコマンドを聞き分ける。人間の耳は、雑音の中から人の声だけに集中して聞き取る能力があるが、Echoにも同様の能力が搭載されているようだ。

 人間の声を聞き分けて、すばやく反応する。この当たり前のことが、できるようになったことで、音声がキーボードを超える入力装置として評価され、Amazon Echoが爆発的に売れ始めたということだ。やはり消費者は、ストレスなく使えるレベルの音声入力技術を心待ちにしていたのだろう。

 これで次のパラダイムの前に立ちはだかっていた山を超えることができた。これから多くのデバイスが音声で制御されるようになるのだと思う。

米メディア絶賛、続く機能拡充ラッシュ

 仕事がらテクノロジー系の米国メディアやブログの記事を読むことが多いが、このところAmazon Echoを絶賛する記事がやたらと目につく。またEchoの技術仕様に準拠して、Echoの音声コマンドで操作できる製品やサービスが急増している。

 1年半前にEchoが発売された当初は、機能と言えば、音楽を聞く、天気予報などの情報を検索する、Amazonで商品を注文する、などといったものに限定されていた。機能的には10個前後しかなかった。しかし最近では宅配ビザを注文したり、タクシーを呼んだりもできる。機能の数としては300を超えており、毎週のように追加機能が発表されている。

 どうやら米国の家電メーカーや家庭向けサービス事業者の多くは、Amazon Echoをスマートホームのハブ(中核)デバイスの最有力候補とみなし始めたようだ。今年1月にラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市CESでは、Echoとの連携をうたった家電製品が多数展示されていたという。

 これまで発表されているところでは、サムスンがEchoの音声技術を搭載した冷蔵庫の開発を進めているほか、フォードはEchoと連携した自動車の開発を進めている。「Echo、クルマのエンジンを温めておいて」と発声すると、ネットワークを通じてガレージの中のクルマのエンジンがかかったり、クルマの中から音声コマンドでガレージのドアの開閉を命令できるようになるのかもしれない。

先行者が陥ったイノベーションのジレンマ

 しかし音声認識では、Apple、Googleが先行していたはず。なのにどうしてAmazonが有力視されているのだろうか。

 その理由は、Apple、Googleと違って、Amazonには守るべきものがないからだろう。

 Apple、Googleは、それぞれがこれまで開発、改良を続けてきた音声技術を、それぞれのスマートフォンに搭載している。それぞれの音声技術は、いわばそれぞれのスマートフォンの「売り」であり、差別化技術となっている。

 GoogleのテレビCMでは「OK、Google」と音声コマンドでAndroid端末を操作する様子が描かれている。このCMを見るだけでも、音声技術は、自分たちのスマートフォンを売るため技術であり、その技術を他社に気軽に提供するわけにはいかないことが分かる。

 しかしAmazonには、守るべきスマートフォンの売り上げがない。なので他社に音声技術を積極的に提供し始めた。

 実際には、Apple、Googleに追いつこうと自社開発のスマートフォンを売りだしたのだが、見事に失敗している。怪我の功名と言うべきか、世の中万事塞翁が馬と言うべきか。音声技術を他社に積極的に提供できる立場になっているわけだ。

 時代はスマートフォン全盛時代というパラダイムから、次のパラダイムへと移行している。前の時代の覇者は既存ビジネスを守ろうとするあまり大胆な挑戦ができず、次の時代の覇者にはなれないと言われる。いわゆるイノベーションのジレンマと呼ばれる現象だ。

 Apple、Google、Amazonを見ていると、今まさにそういう現象が起こっているように見える。

意外だったNestの不振

 実際には、AppleもGoogleも指を加えて状況を眺めているわけではない。Appleは、iPhone、Apple Watch、AppleTVの音声技術を通じて家庭内の機器をコントロールできるスマートホームの構想を早くから提唱している。しかし、そこまで多くの家電メーカーがApple技術に準拠しているわけではない。

 Googleは、スマートホーム構想のハブにすべくサーモスタットの有力ベンチャーNest社を買収して話題となった。ところが予想を裏切って、Nest社の経営はうまくいっていないもようだ。米BGRニュースの「It’s hard to overstate how much of a disaster Nest has been for Google(GoogleにとってNestが大変なお荷物になっている)」という記事によると、Nest社の社長と、元従業員らが、ソーシャルメディア上で罵倒し合っているのだとか。これまでに500人近くの従業員が同社を退社したという話もあるようだ。こうした内紛が続くようでは、次のパラダイムの覇者には到底なれそうもない。

 なのでGoogleはNestに頼らず、自らAmazon Echoに対抗する製品の開発を始めたといううわさもある。しかしこれから開発するのでは、快進撃を続けるEchoの勢いを止めることは難しいかもしれない。

 毎年2月の第一日曜日に開催されるアメリカンフットボールの祭典、スーパーボウルは、年間を通じて最高の視聴率を記録するため、米国の大手企業が多額の広告予算をつぎ込んで、イチオシの主力商品のコマーシャルを流すことで有名だ。Amazonは今年のスーパーボウルのコマーシャルとして、Echoのコマーシャルを放映した。つまり、Amazonは本気ということだ。Echoにかなりのリソースを今後、つぎ込んでくるだろう。

「スマートホームは家が広いアメリカに限った話。日本にはあまり関係ない」という意見がある。しかし、壁のスイッチを押すより早く「Echo、電気つけて」の一言で部屋の証明をつけたり、ステレオのスイッチを押すより早く「Echo、いつもの音楽流して」の一言で音楽を再生できるようになる。その利便性は、日本のユーザーの間でも評価されるのではないだろうか。

 今はまだ生産が需要に追いついていない状態。Echoの廉価版であるEcho Dotを今、注文すると、手元に届くのは8月くらいになるといわれている。この急速な需要の伸びに合わせた量産体制を構築するのが、Amazonの当面の目標になるだろう。しかし量産体制が整えば、日本などの市場に攻め入ってくるのは間違いない。黒船Echoは日本の家電業界にどのような影響を与えることになるのだろうか。家電業界の勢力図はどう変化するのだろうか。

Newsweek日本版より転載
http://www.newsweekjapan.jp/

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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