テクノロジーで農業の画一化に抗う 東大研究員西岡一洋

AI新聞

「自然の中には個性が溢れている!」。新潟県と長野県の県境にある苗場山の森林の中で地べたに寝転がって空を見上げた。樹々の樹冠の形が一つ一つ全部違うことに見惚れた。過酷な環境の中でも必死になって生き残ろうとする樹々。その結果が樹冠の形の違いになっている。いろいろな生き方がある。あっていいんだ。これが自然なんだ!

 画一化を進める人間社会とオーバーラップした。人間社会も農業も、画一化の方向に進んではだめだ。東京大学農学部研究員の西岡一洋氏は、大自然の中でそう感じたという。

 西岡氏の専門は、植物の水分コントロール。西岡氏は植物がどの程度水分を吸い上げているのかを正確に計測できる低コストの樹液流計測システムを開発した。このシステムを使うことで新規の就農者でも、高度な水やりの技術を短期間に習得できるのだという。

 自分らしいこだわりを持って農業に挑戦しようという若者にこそ、このシステムを使って農業と自然を学んでもらいたい。TPP(環太平洋経済連携協定)などを通じて社会が画一的な農作物の大量供給に向かおうとする今だからこそ、個性のある日本の農業を育てたい。西岡氏はテクノロジーで、画一化の動きに抗いたいのだと言う。

ワイン好きが高じて自ら農業の現場に

 私が西岡氏と出会ったのは、株式会社リバネスが主催する第2回アグリサイエンスグランプリの最終選考会だった。農業や生物学の分野で画期的なテクノロジーを開発した企業や研究者を表彰するイベントだが、西岡氏が開発したワイナリー向けの樹液流計測システムは高く評価され、オムロン賞とJT賞の2つの賞を受賞した。

 審査員から同システムの事業化の動機を聞かれ、西岡氏は「このシステムを売るために世界中のワイナリーを回りたい。世界のワインを飲んで回りたい」と茶目っ気いっぱいに語った。大きな仕事は、実はシンプルな動機がベースになることがよくある。興味を持った私は早速西岡氏に取材を申し込んでみた。

 西岡氏が無類のワイン好きであることは事実だった。西岡氏は2003年にMessapicus(メサピクス)のプリミティーヴォというワインに出会って衝撃をうけたという。決して高いワインではない。1本2500円くらいで購入できるワインだ。でも飲むだけで笑顔がこぼれる。小躍りしたくなる気分になる。「ここまで人をハッピーにできるワインがあるんだ」。これこそが生きた園芸学。これをやりたい!そう思ったという。

 当時、研究生活をテーマにしたブログも綴っていた。このブログつながりでワイン好きの農家仲間とつながり、ついには山梨・塩山に醸造用ブドウ専用の畑を設立、ワイン造りに乗り出した。元々桃畑だったため、中心の農家と一緒に仲間みんなで抜根・造成を行った。国内で唯一、ジンファンデルと呼ばれる安定生産が難しい品種のワイン作りに挑戦し、今ではロゼタイプのホワイト・ジンファンデルをリリースしている。「難しいなら、いや難しいからこそ、テクノロジーとナレッジでなんとかやってやろうじゃないか」。サイエンティスト、エンジニアとして気持ちが奮い立った。

データ可視化で一気に広がる視界

 ブドウ作りで、最も大事なのは水やりだ。ブドウは乾燥した気候が適している言われているが、水が少な過ぎてもいいブドウは育たない。元々降水量が多く台風被害に晒されやすい日本は、気候に適した品種や樹形を探究する必要がある。

 そこでブドウの木の中を樹液がどの程度吸い上げられているのかを計測するセンサの開発と低コスト化に取り組んだ。幹にヒーターを巻きつけ、熱がどう逃げたのかを解析することで、樹液の流れを数値化する仕組みだ。このセンサを使うことで、植物が環境にどう反応しているのかを正確に知ることができるという。

 そして使い続けていると、どの程度の温度、湿度、日射量なら、今現在植物が何ミリリットルの水を吸い上げているのか、センサなしでも分かるようになるという。「新しい視界が一気に開けます。植物に対する見方がガラッと変わります。農家にとってターニングポイントになると思うんです。そのことを多くの農家に伝えたい」。

 もちろんこのセンサはブドウ以外にも利用可能だ。作物によっては水やり技術の習得には10~15年かかるとも言われている。多くの農家はこれまで、勘と経験に頼って潅水をやってきた。このセンサで、そうしたやり方は間違いなく変えられる。

 特にこれから農業に挑戦しようという若者に使ってもらいたいという。「技術の習得に10年もかかれば、新規就農者は経営破綻してしまう。このセンサを使うことで水やりの技術を3年で習得してもらいたいんです」。農業を通じて個性を表現したい若者が増えれば、画一化とは別の方向の農業文化、食文化が生まれるかもしれない。

 また最近は気候変動によりフランスやアメリカなどの世界的なワインの産地においても降水量の増加や歴史的大干ばつによって土壌の水分管理が困難になりつつある。世界的にも樹液流計測システムのニーズはあるはずだという。

森林に教わった自然の本質「農業は人がするもの」

 この樹液流計測システムを、大規模農園の自動化にも利用できる。水分の吸収具合に応じて給水を自動的にコントロールできる仕組みにすれば、水やりの自動化が可能だ。しかし西岡氏は、そういう使い方ではなく、あくまでも農業従事者を支援するツールとして使ってほしいと主張する。「農業は、人が人として人らしく生き続けるために、絶対に担保しないといけないもの。あくまでも人がやるべきものだと思います」。西岡氏はそう断言する。

 苗場山の森林から、自然の本質が多様性であることを教わったからだ。

 西岡氏は、もともと施設園芸学が専門だった。ビニールハウスなどを使って植物を安定生産する技術の研究だ。「夏だろうと冬だろうと温室内の環境はヒートポンプや暖房で制御されていました。そんな中で働いていると、人間の手のひらの上で自然を転がせるという錯覚に陥るんです」。そんな不自然さにある日、疑問を持った。

 ビニールハウスや植物工場のような食物を安定共有する分野は、確かに社会的には期待されていて研究予算もつきやすい。ただ、これで50年後、100年後の食文化を支えられるかというと疑問だった。一度、大自然の中で頭を冷やそう。研究テーマを草本植物から樹木に変えた。

 樹木の研究対象に、苗場山のブナを選んだ。10年間に渡り、夏は山にこもった。実験前の早朝に缶コーヒー片手に観察用の鉄塔に上って森林を見渡したり、休憩時間に地面に寝転がって樹冠を見上げるのが好きだった。

 そこで自然の本質が多様性であることに気づいた。農業の本質にも気づいたという。

技術に溺れてはいけない

「技術におぼれてはいけない。行き過ぎてはいけない。技術には、どこかで止めるべき地点がある」と西岡氏は強調する。産業界は、効率を追求し過ぎるあまり、何か大事なものを失っているように見える。「産業界のスタンダードを農業に安易に押し付けるべきではない。農業はただの産業ではない。携わっている人のライフスタイルそのものであり、その地域の文化なのだから」。

 20世紀は、テクノロジー主導のマス文化の時代だった。大量に生産し、大量に流通することでコストが下がり、多くの人の生活が豊かになったことは事実だ。しかしそのマス文化が行き過ぎて、そのひずみがあちらこちらに出始めているのではないだろうか。

 21世紀は、その行き過ぎを修正する時代なのかもしれない。日本の農業は、その行き過ぎを修正する大事な役割を担っているのかもしれない。西岡氏の話を聞いて、そんな風に感じた。

Newsweek日本版より転載
http://www.newsweekjapan.jp/

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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