「履歴書の時代は終わった」
AIの普及によって、企業の採用や人材評価のルールが大きく変わり始めている。
米スタートアップコミュニティ South Park Commons のパートナーで、元 Facebook 初期エンジニア、元 Dropbox CTO の Aditya Agarwal 氏は、X(旧Twitter)で興味深い採用実験の結果を公開した。
同コミュニティで実施したエンジニア採用では、通常の面接ではなく、数週間にわたる実際の仕事トライアルを行った。候補者は実際のプロジェクトに参加し、AIツール(Claudeなど)を使いながら開発を進める。
その結果、驚くべき事実が明らかになった。
経験年数、名門大学、大手IT企業出身といった従来の「華やかな履歴書」と、AI時代の生産性の間には、ほとんど相関がなかったというのだ。
20年の経験を持つベテランでもAIツールを使いこなせないケースがある一方、経験が浅くてもAIを駆使して圧倒的な成果を出す人材が現れた。
では、何が差を生んだのか。
Agarwal氏によれば、それは「builder’s disposition(ビルダーの気質)」だった。
同氏はこれを「constitutionally unable to stop tinkering(本質的に、いじくり回すのをやめられない人)」と表現している。
つまり、履歴書ではなく、「作らずにはいられない性格」こそが、AI時代の能力を最もよく予測したという。
この気質は、いくつかの分かりやすい形で表れる。
たとえば
・仕事とは別に作っているサイドプロジェクト
・新しいツールをすぐ試してみる習慣
・凝った個人サイトや実験的なコード
など、「ものづくりが好き」という痕跡だ。
AIの登場により、専門知識や経験の価値は大きく変化している。AIは膨大な知識やコードを瞬時に生成できるため、従来のスキル差は急速に縮小しつつある。
その代わりに重要になっているのが、新しいツールをすぐに自分の武器にできる好奇心と実験精神だ。
実際、AIを日常的に使う開発者は、従来では不可能だった量のコードを短時間で書けるようになり、生産性が何倍にも跳ね上がるケースが確認されている。
つまり、AI時代の競争は「知識量」ではなく、適応力で決まる。
Agarwal氏はこうまとめている。
「The new currency is adaptability(新しい通貨は適応力だ)」
そしてその適応力は、スタンフォードの学位のような経歴ではなく、日常的な実験と創作の習慣の中で育つものだという。
AIが人間の仕事を奪うのかという議論は続いている。しかし今回の観察は、別の可能性を示している。
AIが淘汰するのは「人間」ではなく、履歴書中心の旧来の評価制度なのかもしれない。
これからの採用で問われるのは、学歴や職歴ではなく、
「この人は放っておいても何かを作り続ける人か」
という一点になる可能性が高い。

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。