僕がWeb3に対する認識を改めた理由

AI新聞
 
ひと月ほど前に「Web3の正体」という記事を書いた。Web3がウェブのパラダイムシフトなのかどうか現時点では分からない、という主旨の記事だったが、「正体」という表現を使う時点で、Web3というムーブメントやその支持者たちに対して否定的な見解を持っていたのだと思う。支持者の皆さんに対して失礼な表現を使って申し訳ありませんでした。お詫びとともに主張を修正します。Web3は社会にとってのパラダイムシフトの一端だと思うようになりました。
 
さてではなぜ主張を修正しようと思ったのか。その前にWeb3とは何なのか。僕なりの整理をしておきたい。
 
Web3に似た表現にWeb2.0という表現がある。もう10年以上も前に流行った表現だ。Web2.0とは、ウェブが情報の一方通行の時代から双方向の時代に移行したという時代変化を表した表現だった。簡単に言えば、マスコミのニュースサイトよりもSNSやソーシャルメディアが力を持つ時代に移行した、というような話だ。なのでWeb2.0の代表的なツールやサービスは、ブログやTwitter、Facebookであり、その後はYouTubeやインスタグラム、TikTokが力を持つようになった。
 
Web3は、表現が似ているのでWeb2.0の次の時代を表しているように誤解されがちだが、Web3の推進者たちの発言を見ているとまったく違う概念であることが分かる。Web2.0というのはソーシャルメディアの時代という意味だが、Web2のツールやサービスにはGoogleやAmazonなど、ソーシャルメディアではないものも含まれている。「Token Economy. How the Web3 reinvents the Internet」という本によると、Web2は中央集権的な時代、Web3は非中央集権的な時代という区別らしい。なのでGoogleやAmazonがWeb2の代表的企業というわけだ。そしてWeb3の代表的なツールはブロックチェーンになると言う。
 
ブロックチェーンは、ビットコインなどの暗号通貨のベースとなっている技術で、1つのオンライン台帳を複数人で共有することで、台帳の改ざんをしづらくする技術だ。情報の改ざんが困難なので暗号通貨に使われたり、契約書を自動実行するスマートコントラクトや、アートが本物であることを示すNFTなどといったものにも応用されるようになっている。
 
ここで不思議なことが1つある。ブロックチェーンは、ビットコインなどの暗号通貨に多くの人が投資するようになった数年前にも話題になった技術だ。Web2.0のときは、ブログやTwitterという技術が登場して、すぐに新しい時代への移行が指摘された。ところがWeb3は、ブロックチェーンが最初に話題になってから数年たって、ようやく注目を集めるようになった。つまりWeb3は、Web2.0のような技術主導のパラダイムシフトではないということだ。
 

▼Web3は価値観変化

 
ではどのようなパラダイムシフトなのだろう。個人的には、社会の主流となるような価値観の変化なのだと思う。
 
GoogleやAmazon、Facebookと言えば、アメリカでもちょっと前までは大成功事例として取り上げられていた。日本国内では、「日本企業はなぜ、GoogleやAmazonといったテック大手のような成功を収めることができなかったのか」という主旨の議論がいまだに繰り返されていることから分かるように、テック大手が企業の成功のお手本とみなされている。
 
しかし最近アメリカでは、テック大手は以前のようにもてはやされなくなってきている。
 
Amazonには以前から批判があった。Eコマースにおいて独占状態に入ったので、競合他社に不利益をもたらしているという理由からの批判だ。しかしFacebookが英コンサル会社Cambridge Analyticaにユーザー情報を販売したというスキャンダル辺りから、テック大手に対する風当たりが一気に強くなったように思う。最近では、Appleがアプリストアでアプリの開発者に対し売上の3割を要求するのは取り過ぎだと問題になっているし、Googleは社内のセクハラ問題で揺れている。YouTubeのAIは、より刺激的な内容の動画をレコメンドすることで、極端な世論の分断を生み出していると指摘されている。
 
AIは、先手必勝、勝者一人勝ちの技術だと言われる。データが集まればAIは賢くなり、賢くなればユーザーが集まり、さらにデータが増える。データが増えれば、さらに賢くなる。AIは、この無限ループでどんどん進化する。AIをいち早く取り入れたテック大手が、どんどん巨大化することは、ある意味自然なことだと言える。
 
しかし力を持ち過ぎた人や企業は横暴になりがちだ。またたとえ横暴にならなくても、力を持ち過ぎた人や企業は社会に対して多大な影響力を持つようになる。例えばTwitterはトランプ元大統領のTweetを制限した。FacebookのAIは、戦禍から裸で逃げる少女の報道写真を猥褻物と判断し削除した。表現の自由、報道の自由はどこまで認められるのか。情報が瞬時に世界中をかけめぐる時代になり、どの情報を流すのかをすぐに判断しないといけない。世論に大きな影響を与えかねないその判断が、民主主義の精神に乗っ取った仕組みではなく、テック大手という少数の民間企業に委ねられている。この状態でいいのだろうか。
 
日本にいると分かりづらいが、こうしたテック大手に対する反発が、Web3の原動力になっているのだと思う。つまりWeb3は技術ではなく、価値観変化の1つの表出であり、なのでブロックチェーンが最初に話題になった数年前ではなく、今になって話題になっているのだと思う。
 

▼「行き過ぎた状態に少しブレーキを」

 
さてでは本題に入ろう。なぜ僕が自分の主張を軌道修正しようとしたのか。それは、この価値観変化を感じることが増えてきたからだ。
 
この価値観変化にはまだ決まった名前がないが、簡単に言えば「物質的な豊さよりも、心の豊さを大事にしたい」ということなのだと思う。とはいえ決して物質的な豊さを否定するものではない。世界にはまだまだ物質的な豊さが不足している人々がいる。なので「行き過ぎた状態に少しブレーキをかけたい」ということなのだと思う。Web3は60年代のヒッピー文化の継承であるという論評がある。確かにそういう見方もできるが、60年代のヒッピー文化は反戦運動を通じて「国家のやり過ぎ」にブレーキをかけようとしていたのに対し、Web3は「テック大手のやり過ぎ」にブレーキをかけようとしているのだと思う。
 
この「行き過ぎた状態に少しブレーキを」という価値観変化は、このところいろいろな領域で表出するようになってきた。地球環境の保護という領域に表出したのが、SDGsだ。企業が世界の経済発展に貢献し、その結果、多くの人の生活が豊かになったことは事実だ。しかしその一方で、地球の環境破壊が起こっている。「経済活動はいいことだが、やり過ぎはよくない」ということだ。
 
また若者と話していると、滅私奉公、モーレツ社員という一昔前のサラリーマンのイメージはない。年配の人たちとは、まったく違う価値観で生きている人が多くなってきているように思う。「仕事をがんばることはいいことだが、家庭や個人の幸せを壊すほどに、やり過ぎるのはよくない」と考える若者が増えてきているのではないだろうか。
 
こうした「行き過ぎた状態に少しブレーキを」という価値観がネットの世界に現れたのが、Web3だと思う。AIはすばらしい技術革新だが、放っておけば、勝者一人勝ちの事態を招く技術でもある。ブロックチェーンを使って、テック大手に集中した権力を分散させようというのが、Web3の本質なのだと思う。
 
ただ単なるテック大手への反発というのがWeb3の「正体」であるなら、Web3は一過性のバズワードで終わることだろう。しかしその根底に「行き過ぎた状態に少しブレーキを」という価値観変化が存在するのだとすれば、今後いろいろな領域にこのムーブメントが波及していくことだろう。例えて言えば、SDGsも若者の意識変化もWeb3も、「行き過ぎた状態に少しブレーキを」という地下マグマが噴出した火山に過ぎない。僕がWeb3に対する認識を改めたのは、その地下マグマのエネルギーの高まりを感じることが増えてきたからだ。
 

▼心の豊かさを追求する時代の技術

 
この「行き過ぎた状態に少しブレーキを」という地下マグマは今後、環境問題、労使問題、金融市場、政治システムなどいろいろな領域で噴出してくることになるだろうと思う。岸田政権の提唱する「新しい資本主義」という概念も、この地下マグマの現れの1つだろう。
 
「行き過ぎた状態に少しブレーキをかける」のは、簡単なことではない。ブレーキを強く踏み過ぎると、車は止まってしまう。止めたいわけではない。暴走したくないだけだ。
 
そこで期待されるのが、新しい技術だ。AIの無限ループや、物質欲、征服欲など、ともすれば暴走しがちなエネルギーを、Web3の非中央集権技術でコントロールできるかもしれない。ウェブ上だけでなく、あらゆる領域での暴走をコントロールできるかもしれない。物質の豊かさを追求する時代から、心の豊かさを追求する時代へ。Web3はそれを実現する1つの技術群になる可能性があるわけだ。
 
Web3の最大のオピニオンリーダーで、暗号通貨イーサリアムの考案者Vitalik Buterim(ビタリック・ブテリン)氏によると、Web3関連技術で「ブロードバンド民主主義」が可能になるという。
 
同氏は、今日の民主主義を「低速通信の民主主義」だと呼ぶ。米国の大統領の場合だと、選挙は4年に一度だけ。国民が政治に直接影響を与えることができるのは4年に一度だけということで、やり取りできるコミュニケーションデータが非常に少ない状態だ。
 
しかしテクノロジーを使えば、案件ごとに投票することが可能になる。為政者と有権者のやり取りのデータ容量が格段に増えるという意味で、high bandwidth democracy(ブロードバンド民主主義)が可能になる、としている。そうなれば為政者の暴走を、有権者がその都度コントロールできるようになるかもしれない。
 
SNSの「いいね!」やTwitterのRetweetは、頻繁に自分の意見を投票できるブロードバンド民主主義ではある。ただしセキュリティに問題がある。Retweetするボットを開発するなどして投票結果を簡単に操作できるからだ。
 
高セキュリティーでブロードバンド。同氏によると、それを実現するには、投票内容を見られないようにする暗号技術と、投票を正確に集計できるようにするゼロ知識証明技術、投票内容を検閲されていないかを確認するためのブロックチェーンなどの技術が必要になるとという。
 
頻繁にセキュアな投票をできる仕組みがあれば、今後増えるであろう「ブレーキをかけたい」という社会の様々な領域に、人々の意見がより反映されることになるだろう。
 
そういう意味で、ウェブ上で今後繰り広げられるWeb3関連の技術やビジネスの進展に対して、注意深く見守っていきたいと思う。
 
またWeb3関連の技術が進化すれば、人々の価値観が「行き過ぎた状態に少しブレーキを」から「新しい技術を使って、まったく新しい仕組みで刷新を」というものに変化していく可能性だってあると思う。「中央集権から非中央集権への移行」がネット上の技術の話だけではなく、社会システムに波及する可能性だって否定できない。
 
Vitalik氏は言う。「この技術で、最初から国政を変えようとしないほうがいい。まずは、今までできなかったことを可能にするプロジェクトに注力すべきだ」。セキュアで頻繁な意見表明の仕組みを取り入れることで、可能になるビジネスや組織の形がいろいろとあるはず。そこに注力し、そこで成果が出てくれば、これまで長年やってきた方法も変えてみよう、という動きにつながるはず。同氏はそう主張している。
 
「物質的な豊かさを追求する時代」から「心の豊かさを追求する時代」へ。Web3はこの価値観変化の1つの現れだし、また逆にWeb3がこの価値観変化を加速させる結果になるのだと思う。
 
 
 
 
 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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