メタバース、早くも明暗くっきりと

AI新聞

 

 

メタバースがブームだ。専門家の間でも「メタバースならではの要素を加えないと失敗する」と指摘されながらも、メタバースプロジェクトに乗り出す企業が後を絶たない。そんな中、閑古鳥がなくメタバースプロジェクト、活況を呈するメタバースプロジェクトと、早くも明暗がはっきりし始めた。

 

▼普及は予想よりも先

 

今回のメタバースブームの火付け役となったMeta(旧Facebook)のメタバース事業は、意外にも難航しているようだ。ニューヨークタイムズによると、同社のメタバースゲームHorizon Worldsは人気がないらしく、同社は抜本的に作り直すまで年内はマイナーチェンジを行わない方針だという。

 

同社がメタバース事業に大きく舵を切ったことに関しては社内でも賛否両論あるようで、ある幹部は匿名を条件に取材に応じ、先行き不透明なプロジェクトに巨額の投資をすることに対し「まじムカついている(sick to my stomach)」と語っている。

 

同社のドル箱であるFacebookとインスタグラムは、競合のTikTokに若者のユーザーを奪われつつある一方で、Appleのプライバシーガイドラインの変更で広告収入が何十億ドルも激減。一方で期待のメタバース事業は大きな収益源になるまでまだしばらくかかる見通しで、同社の株価は1年で60%も下落しているという。業績低迷を受けて同社では9月、新規採用を当面控えるとともに今後レイオフを検討していると発表した。

 

メタバースの専門家でザッカーバーグ氏のアドバイザーを務めるMatthew Ball氏は、同社の業績悪化はメタバース事業が原因ではないとしながらも、メタバースの一般ユーザーへの普及は、ザッカーバーグ氏が想定していた時期よりも大幅に遅れそうだと語っている。

 

▼バーチャル大阪、来場者激減

 

大阪万博を盛り上げようと、大阪府と大阪市が共同で1億円をかけて開設したメタバース「バーチャル大阪」の来場者数が激減しているらしい。読売新聞によると、1カ月の来場者数は開設当初の20分の1に激減し、PR効果は上がっていないという。

 

同紙によると、1970年万博のシンボル、太陽の塔や、大阪ミナミを再現したエリアをアバターで探索できたり、アバター同士で会話したり、ライブイベントに参加できたりするという。

 

「メタバースとWeb3」の著者国光宏尚氏は「メタバースならでは、というものがなかったからでは」とSNS上の投稿で解説している。VR事業の専門家も異口同音に「何をしたいか。それにメタバースが不可欠なのかが十分検討されていない」「最初からメタバースをしたい、というメタバースありきのプロジェクトは全部失敗する」と手厳しい。

 

▼今あるものを「メタバース」と呼称変更

 

メタバースならでは、とは何なんだろう。今のところ、ゲーム、教育・訓練、デジタルツインがメタバースとしての成功分野だろう。

 

3次元のゲームは、以前から大きな市場を形成している。メタバースというバズワードが流行る前から、成立している市場だ。

 

教育、訓練の市場では、飛行機を操縦する「フライトシュミレーター」がその代表例だ。フライトシュミレーターは毎年その精度が向上しており、今年のNVIDIAの年次開発者会議GTC2022で公開された動画を見ると、飛行機を操縦するのとほとんど変わらない訓練効果が期待できるのではないかと思う。外科手術の手法を学ぶためのツールなども出てきており、教育、訓練の市場は今後ますます大きくなりそうだ。

 

一方現実世界をそのままデジタル空間で再現するデジタルツインも、その精度が向上しているもよう。GTCの基調講演によると、大手通信事業者が電波塔の設置場所をメタバース空間内で試すことで、より効率のいい電波の送受信の実験をしたり、鉄道会社が電車の運行スケジュールをメタバース内でシミュレーションすることで二酸化炭素排出量の削減を目指しているという。

 

https://youtu.be/PWcNlRI00jo?t=1815

 

こうしたゲーム、教育、デジタルツインといった領域が最近はメタバースというバズワードの下、一括して語られるようになっている。

 

またまだメタバースという名称で呼ばれることはないが、Googleマップの3次元化もメタバースの範疇に入りそうな進化だ。今年のGoogleの年次開発者会議GoogleI/Oでは、ロンドンの街並みが3次元化された動画が公開された。Googleマップの3次元化は今後世界中のあらゆる地域に拡大していくだろう。ロンドンに旅行に行く前にGoogleマップのメタバース内を歩き回って、旅行の計画を立てるということが一般的になっていくことだろう。

 

https://youtube.com/watch?v=nP-nMZpLM1A&feature=share&si=EMSIkaIECMiOmarE6JChQQ&t=485

 

今既にある領域や、これから間違いなく3次元化していく領域をもメタバースと呼ぶのであれば、確かにメタバースは大きな市場になっていくことだろう。

 

しかし問題は従来からある領域ではなく、Meta(旧Facebook)やバーチャル大阪が目指すような「ユーザーが交流する仮想空間」がいつ成立するようになるのか、ということだ。現実空間そっくりに作っただけの仮想空間であれば、Googleマップの3次元化に簡単に駆逐されてしまう可能性が高い。

 

3次元Googleマップ以上の何か、メタバースならではの何かが必要になるのではないだろうか。

 

▼メタバースならではの度肝を抜く演出

 

そのヒントとなるメタバースが最近、話題になっている。一時期総額12億7000万ドルの高値をつけた有名NFTコレクション「Bored Ape Yacht Club(BAYC)」がメタバースを構築、同コレクションをNFTを購入したユーザーを招待した。以下のリンクの動画を見ていただければ分かるが、かなりの盛り上がりを見せている。約4500人がいっせいにワープホールに飛び込んで別次元に進む様子は圧巻だ。

 

https://youtu.be/s34wMcDyq6E

 

なぜ盛り上がっているのか。1つには、メンバーが限定されたコミュニティだからかもしれない。BAYCの高額NFTを購入できるのは、相当の富裕層のみ。新しいもの好きの富裕層という、属性が限定されたコミュニティなので、仲間意識があるのかもしれない。

 

もう一つは最新技術で4500人以上の同時アクセスが可能になったから。1、2年前なら同時アクセスできる人数はケタ違いに少なかった。技術の最先端を一番に体験できるという思いが参加者のテンションを上げているのかもしれない。

 

やはり同じ属性や傾向の数千人が集まれば、テンションが上がるもの。地方の市民ホールでのライブと、武道館のライブでは参加者の盛り上がり方が違うのと同じようなものだ。

 

BAYCはこうしたメタバースイベントを10回ほど続けるらしいる。恐らく毎回新しい趣向を工夫してくることだろう。

 

4500人がいっせいにワープホールに飛び込むという現実世界ではありえないような度肝を抜く設定なので、参加者が興奮し、次のイベントにも参加しようという気になる。ゲームとは異なる、メタバースならではの新しい娯楽を提供しているわけだ。

 

▼メタバースはオオカミ少年

 

メタバースとは、童話「オオカミ少年」のようなものかもしれない。少年が「オオカミが来た」と叫ぶのを初めて聞く人は大騒ぎをする。何度も騙された人は、少年の叫びを無視するようになる。しかし最後には本当にオオカミがやってくる。

 

初めてメタバースブームに触れた人はブームの乗せられてしまう。過去にセカンドライフやアメーバピグを経験した人は、今回のブームを冷ややかに眺めている。しかし、今回のブームが広く普及するのかどうかは、まだ誰にも分からない。ブームに踊らされることなく、冷笑するでもなく、Googleなどのテック大手がどういう技術開発を行っているのかも含めて、しっかりと技術動向をウォッチし続ける必要がある。決してメタバースに踊らされてはいけないと思う。

 

僕はセカンドライフの中で踊らされてるけどw。

 

参考 セカンドライフの中で踊る湯川鶴章

 

https://www.youtube.com/watch?v=nz1DyoWE3q8&feature=share&si=ELPmzJkDCLju2KnD5oyZMQ

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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