手に汗握るディープラーニング誕生秘話。NYタイムズ記者が書いた「ジーニアス・メーカーズ」【書籍レビュー】
AI新聞
ヒントン教授が腰痛持ちでなければ、AIは中国が先行していたかも知れない。
 
ディープラーニングの誕生には、日本の基礎研究が不可欠だった。
 
ニューヨークタイムズのテクノロジー担当、ケイド・メッツ記者が書いた「ジーニアス・メーカーズ」は、こうした一般的にあまり知られていないディープラーニング誕生秘話が満載されている本になっている。
 
 
「ディープラーニングの3人の父」と言われる人物の1人、カナダ・トロント大学のジェフリー・ヒントン教授を雇用しようと、最初に熱心にオファーしてきたのは中国のテック大手バイドゥだった。その後、すぐにGoogleやMicrosoftなどの米国のテック大手も同様にオファーしてきた。
 
ヒントン教授はバイドゥの担当者と懇意にしていたが、最終的にはGoogleのオファーを受けることにした。同教授は大変な腰痛持ちで、数分以上イスに座り続けることができない。カナダと地続きの米国なら、列車や車の座席に横たわって移動することが可能だが、中国へは飛行機で行かなければならない。飛行機の離着陸時には席に座っていなければならない。腰痛のことを考えてバイドゥのオファーを辞退することにした、と同教授は語っている。
 
結局Googleが同教授を雇用することに成功し、Googleはすべての技術をAIベースのものに移行。AIの開発競争で他社よりも一歩先に出ることになる。もし同教授が腰痛持ちではなく中国企業に勤めることになっていれば、中国がAIで圧倒的優位に立っていたかもしれない。歴史とは実に不思議なものだ。
 
この本には、こうしたディープラーニング誕生秘話がいくつも載っているのだが、もう1つ面白いと思ったのは、日本の研究がディープラーニングの基礎になっていたということだ。
 
実はこのことは、日本の研究者から何度か聞いたことがある。「ディープラーニングはもともと日本のアイデアだ」という研究者もいた。勝負に負けた負け惜しみかもしれない。そう思ったので、私の中でそうした意見を「保留扱い」にしていた。
 
しかしこの本によると、実際に「AI冬の時代」と呼ばれる時期にディープラーニングの基になるような研究をしていたのは日本だけで、当時関連する論文は日本人が書いたものがほとんどだったという。当時の欧米のコンピューター科学の研究者の多くは、AI研究に将来性はないと考えていた。ところがネット上のデータが爆発的に増え、コンピューター機器の性能が大幅に向上。日本人研究者たちが考えていた手法で、成果が出始めた。日本人研究者たちの手法を少し改良したディープラーニングという手法が注目を集めるようになり、ディープラーニングの命名者のヒントン教授を初め、ニューヨーク大学のヤン・ルカン教授、モントリオール大学のヨシュワ・ベンジオ教授が、「ディープラーニングの3人の父」と呼ばれるようになった。その功績を北米の研究者が独占していることをおもしろく思わないヨーロッパの研究者の一人は、日本人研究者の貢献にも着目すべきだ、と本の中で語っている。
今日のAIのアイデアの基礎は、日本人研究者たちが作り上げたと言っても、どうやら過言ではなさそうだ。
こういう話をすると、どうして日本はAI研究でトップを走り続けることができなかったのか、という話になりがちだ。実はその問いに対する答えらしきものも、この本の中で見つけることができる。
 
それは、日本人研究者がお金に興味がなかったから、ということなのかもしれない。日本人研究者だけではない。欧米でも一般的にアカデミズムに所属する人たちは、金儲けに固執することをよしとしない風潮があるように思う。
 
ところがヒントン教授は躊躇なく大金を求めた。テック企業に単純に雇用されるだけなら、多くても大学の給料の数倍程度の額しか給料をもらえない。しかし会社を作って、それをテック大手に売却するとケタ違いのお金が入る。そのことを同教授は知っていた。
さらにテック大手を集めてオークションに参加させれば、金額はどんどん釣り上げられる。同教授の研究に興味を示してきた大手数社を集めてオークションを開催することにした。中国バイドゥとGoogleは、最後までオークションから降りそうもない。腰痛のこともあるので、同教授は弟子である大学院生2人と作ったばかりの会社を4400万ドルでGoogleに売却することにしたという。
 
なぜ大金にこだわったのか。ディープラーニングには高性能コンピューターが大量に必要。高性能コンピューターの数が多ければ多いほど、ディープラーニングの性能が上がる。つまりディープラーニングにはお金が必要なのだ。
 
学会でのディープラーニングの評価がまだ定まっていないときに、高性能コンピューターを大量に購入するための研究費を大学に申請しても、どの程度の研究費を支給してもらえるだろうか。一方で商機に敏感な企業なら、設備投資にケタ違いの額を支払ってくれるに違いない。同教授はそう考えたのだろう。
 
Googleに入社したヒントン教授の教え子たちは、膨大な額の設備投資を要求した。あまりの額に担当者は最初、首を縦にふらなかったらしいが、最終的に社長判断でやっと予算が確保されたという。しかしディープラーニングに軸足を移したことで、投資額を大きく超える収益がその後Googleにもたらされることになる。
 

DeepMindの内情

 
私はこれまで何度も米国出張をしてAIのトップ研究者を取材してきた。日米のトップ研究者20人以上と直接会ってきた、とこれまで何度か自慢げに語ったことがある。ところがこの本の著者のメッツ記者は、AIに関わる重要人物を500人以上も取材してきたという。当然情報量は私とは雲泥の差で、「あのとき、舞台裏ではこんなやり取りが行われていたのか」というようなエピソードが本の中で次から次へと紹介され、個人的には非常におもしろい内容になっている。
 
ここ数年、AIに携わってきた人たちも、私と同じような感想を持つことだろう。同じ時代を生きてきたはずなのに、自分とは異なる視点から見たAI研究、AIビジネスの過去数年間は、まったく別の様相を呈している。この本の視点を自分の体験してきたことに加えることで、過去、現在、未来の見え方がより立体的になることだろう。
 
私自身、特に興味深かったのは、韓国の囲碁の名人を打ち破ったAI「AlphaGo」を開発したことで世界的な注目を集めた英国のAIベンチャーの雄、DeepMind社の話だ。同社のCEOのデミス・ハスビス氏が小さいころから神童であったというエピソードは何度も目にしてきたが、実際にDeepMindがどのような会社なのか詳しいことを知りたかった。特に同社を買収したGoogleのAI研究部門との棲み分けはどうなっているのか、などということを知りたかった。
 
この本によると、DeepMindとGoogleの AI部門との対立はかなり激しいようだ。科学者や技術者は淡々と仕事をこなす穏和な人たち、といったイメージを持つ人が多いが、実際には彼らも人間。いろいろな感情があり、人間ドラマがある。ノンフィクションの人間ドラマは、読み物としても非常におもしろい。
 
AIに関わってこなかった人たちにとっても、歴史小説を読む感覚で、この本を楽しめることだと思う。「読み始めたら止まらない」と本の帯に書かれているが、その文言にウソはない。
 
また時代を大きく変えようとしているAIという技術が今、どの辺りを進んでいるのか、AIの重要人物たちはどのような未来を作ろうとしているのか、ということが手に取るように分かる内容になっている。
 
表紙の裏には、「これは、世界中にいる、ほんのひと握りの天才と、その天才を見いだして莫大な金を投資する実業家たちが、人類の未来を作り出す物語である」と書かれている。まさに、その通りの内容の本になっている。
 
 
 
 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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