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不可能と思われたDXにワシントンポスト紙が成功した理由

  • 2020.10.23

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Amazon.comのCEOジェフ・ベゾス氏が2013年に、ワシントンポスト紙を買収した。現場記者時代はインターネットを取材テーマにし、その後は時事通信社社長室でDXに取り組んでいた僕にとって、このニュースはあまりに衝撃的だった。これまでの個人的な経験から、新聞というアナログの象徴のような産業に身を置く会社が、デジタルトランスフォーメーション(DX)に成功することなどほぼ不可能だと思っていたからだ。なぜベゾス氏が凋落を続ける新聞業界に投資しようというのか。まったく理解できなかった。

 

CNNの報道によると、買収を持ちかけたのはワシントンポスト側だったという。

 

ワシントンポストは1877年創刊の伝統ある日刊紙で、発行部数25万部。首都ワシントン最大の新聞であり、政治報道に重点を置いたクオリティペーパーである。

 

Tony Saldanha著「Whe Digital Transformation fail?」によると、2012年のワシントンポスト紙の売り上げは前年比7%減の5億8100万ドル、赤字は前年の2100万ドルから5400万ドルに膨れ上がっていた。紙の広告収入は同14%減、発行部数も同2%減と、下降線をたどっていた。

 

「21世紀の新聞業界のあるべき姿が見えない」。悩み抜いた同紙オーナーのドナルド・グラハム氏は、西海岸の大手テック企業のCEOに片っ端から相談を持ちかけたという。その中で「ベゾス氏は地に足のついた有数の経営者だ」と惚れ込み、買収を持ちかけた。グラハム氏によると、ベゾス氏は悩んだようだが、最終的に合意してくれたという。

 

その後ワシントンポストは、ベゾス氏の手腕で見事なまでの復活劇を見せた。

 

2018年8月のCNNの報道によると、同紙は買収4年後の2016年には黒字転換を達成。2017年、2018年も黒字続きだという。2017年には同紙のサイトの読者が100万人を超え、2018年の時点で150万人を突破。オンライン読者数でニューヨークタイムズを抜いたという。また買収後しばらくはレイオフが続いたが、2017年には採用を再開し、記者60人を採用した。技術職も250人以上を採用、編集局の従業員数は900人に上ったという。

 

新聞のDXに絶望していた僕からすると、ありえない成功だ。なぜここまで成功できたのだろうか。

 

前回の記事「なぜDXは失敗するのか②米国がメートル法への移行に失敗した理由」で、DXにはMTP、空気、スキン、パイプラインの4つの要素が不可欠だと書いた。

 

ワシントンポストは上場していないので詳しい情報は公開されていないが、Saldanha氏によると、ワシントンポストのDXは間違いなくこれらの要素を満たしているという。

 

MTP(Massive Transformative Purpose)とは、「トランスフォーメーションの巨大な目的」という意味。通常のビジョンステートメントとは、スケールが異なる。人々をワクワクさせるような壮大な目的を掲げることが、DXには必要なのだという。

 

ワシントンポストのMTPは、「有力地方紙から有力全国紙になる」というようなものだったと推測される。紙ベースであれば、どれだけがんばっても地方紙でしかありえない。ところがオンラインであれば、国政が強みの全国紙になれる。ジリ貧の状態で気持ちも沈みがちだった同紙の従業員が、このMTPで士気が回復したであろうことは想像に難くない。そして実際に読者数で米国最大の全国紙ニューヨークタイムズを抜くまでに成長した。全国紙どころか、世界中に読者がいる有力ニュースサイトになったわけだ。

 

スキンとは、経営者やオーナーが金銭的、時間的にコミットする状態を言う。ベゾス氏は買収金額2億5000万ドルに加え、さらにDX投資に自分のポケットマネー5000万ドルを投入したという。ベゾス氏はDXに本気度を見せたわけだ。

 

金は出すが、口は出さない。同氏は編集局の判断には一切口を出さずに、編集局に自由に活動させているという。記者たちにとっては理想的なオーナーなわけだ。

 

一方でDXには徹底的に関与した。技術関連の社員数はテック企業と比較しても引けを取らない規模で、また技術者はベゾス氏に直接連絡することが許されている。サイト運営の技術ノウハウは、Amazonで培ったノウハウを転用。世界一のECサイトの使い勝手のよさが、ワシントンポストのサイトでも実装されている。

 

Amazonはもともとは自社用に開発した技術を汎用化し、他社にライセンス提供することで有名だ。自分たちのためのクラウドコンピューティングの仕組みを他社向けに提供し始めたのが、AWSと呼ばれるクラウド・コンピューティング・サービス。AWSはAmazonにとって稼ぎ頭の1つになっている。

 

同様にワシントンポスト向けに開発したコンテンツ管理ツールArc Publishingを他社向けにライセンス販売。年間売り上げが1億ドルに手が届きそうなほどの大きな収入源に成長している。同ツールは、動画コンテンツ管理やモバイル向け配信などの複雑なタスクを簡単に管理できるツールで、大手掲示板Redditや大人気動画SNSのTikTokなどにも既に導入されているという。

 

最初はワシントンポストの買収に乗り気ではなかったとされるベゾス氏だが、その後、同紙のDXプロジェクトに愛着を持つようになったようだ。インタビューに対し「私が90歳になったとき、ワシントンポストでの仕事が、自慢の業績の1つになるだろう」と語っている。同氏にとっても、このプロジェクトは試練の連続だったのかもしれない。

 

アナログ時代には不可能だった大きな目標を掲げることで社員の士気を高め、オーナーが本気でDXに取り組む。そうすることで、代表的なアナログ企業であっても、デジタル時代に適応し成長することが可能。それを示したDXプロジェクトの代表例となったようだ。

 

 

【セミナーのお知らせ】

なぜ7割のDXが失敗するのか。

2020/11/13(金) 16:00 – 17:00

P&Gの元IT部門の副社長Tony Saldana氏が書いたDXのノウハウ本「Why Digital Transformations Fail(なぜDXは失敗するのか)」。米国で発売されて1年が経ち、今だに米Amazon.comで部門ベストセラー1位を保っていますが、残念ながら日本語には訳されていません。

 

この本の中には、P&GのDXを成功に導いた哲学や手法に加え、米国の大企業や政府機関のDXの失敗例が多数取り上げられています。著者のSaldana氏によると、DXプロジェクトの7割が失敗に終わっているというのです。

 

失敗事例の轍を踏まないようにDXプロジェクトを進めるには、どうすればいいのでしょうか。

 

このセミナーでは、本の中で紹介されている事例や同氏による分析結果を重点的に説明することで、原書を読まなくても1時間で重要ポイントを学んでいただけるように工夫してお話したいと思っています。

なぜ7割のDXが失敗するのか-未訳ベストセラーに学ぶDX講座-

 

 

 

 

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。