「汎用人工知能なんてできっこない」LeCun教授

AI新聞

「汎用人工知能(AGI)の開発が可能だと主張する人は、何か思い違いをしている」。ディープラーニングの3人の父のうちの一人、ニューヨーク大学のYann LuCan教授は、講演の中でこう語っている。半導体やコンピューターの処理能力は毎年、指数関数的に向上しているという事実から考えて、いずれAIが人間の脳のレベルに追いつき追い越すという主張があるが、同教授はこれを真っ向から否定。半導体の処理能力が上がろうと今の技術の延長線上にAGIは実現しないし、そもそもAGIという概念自体が間違っていると指摘している。

 

 

私はこれまで日米のトップレベルのAI研究者を20人以上インタビューしてきたが、そのたびに「汎用人工知能は可能か」「AIは人間の脳を超えるのか」という質問をしてきた。さすが皆さん科学者なので、正式な取材に対し不正確なことは言わない。だれもが「今はまだ黎明期なので、可能かどうかを明言できるフェーズにない」などといったあいまいな表現を使う人が多かった。

 

そんな中、LeCun教授はAGIが可能だと主張する人は、「何か思い違いをしているか、出資を受けたいのでわざと誇張した表現を使っている」と、はっきりと断言。AGIに関してAI研究者の断言を聞くのは初めてなので、同教授の主張を丁寧に拾ってみることにした。

 

以下、AGIに関する同教授の講演の中の発言。

 

 

 

一般的に言ってAGIは不可能。AGIという概念は、存在しない。AGIのようなものはない。

私はAGIという言葉が嫌いだ。

多くの人がコンピューティング能力が向上すれば強化学習がスケールアップされてAGIに到達すると主張しているが、これは完全に間違い。

そういう人は出資を受けようとして、事実を大袈裟に表現しているか、思い違いをしている。

私の考えでは、今日の学習方法でAGIに到達することはありえない。

なぜAGIが存在しないのかというと、人間にも汎用知能などないからだ。人間の脳は非常に特化されている。われわれの知能に汎用性があるように思うかもしれないが、われわれは多くのタスクの処理において、非常に下手だ。コンピューターなら上手にできる多くのタスクにおいて、人間は非常に下手だ。かなりの差でAIのほうが上手。進化は、そういうふうにわれわれの脳を進化させなかった。

自分でできないことに関して、想像できない。なのでわれわれは汎用知能を持っていると思っている。汎用性でわれわれを超える知能がどういうものなのか想像できないから、我々は汎用人工知能を持っていると考える傾向にある。

 

 

 

今日の学習方法というのは、教師あり学習、教師なし学習、強化学習のようなものを指している。

 

教師あり学習とは「この画像はネコである」などの正解タグを付与したデータをAIに学習させる手法。ネコの画像を大量に読み込み、それらの画像の中の一定のパターンを見つけ出すことで、ネコの画像の特徴を学習するわけだ。

 

教師なし学習は、正解タグのないデータで学習する方法。データをグラフにプロットすることで、グラフ上で近い位置にあるデータを集めてグループ化する手法だ。

 

強化学習はあらかじめ設定した「報酬」を最大化するようAIを学習させる手法だ。レーシングカーのゲームで、ほかの車を抜けばポイントを付与し、衝突すればポイントを削減するという「飴と鞭」を設定することで、ポイントをたくさんゲットするために、コンピューターがレーシングカーの運転を学習する仕組みになっている。

 

こうした主流のAIの学習方法では、どれだけ半導体やデバイスが進化しても、AGIを実現するのは不可能、というのが同教授の考えらしい。

 

それでは今日の主流の学習方法とは別の、新しい考え方をベースにした学習方法とはどのようなものなのだろうか。

 

同教授は別の講演の中で、自動車の運転を例に取り、「予測学習」の可能性について触れている。

 

崖沿いの道路で急カーブを高速で曲がってハンドル操作を少し誤れば、ガードレールを飛び越えて崖を転げ落ちてしまう。AIはたとえシミュレーターの中であっても実際にそれを体験しなければ学習できないが、人間は実際の体験なしに、ハンドル操作の誤りが起こす結果を簡単に予測できる。予測することで、必要な学習時間を大幅に削減できるわけだ。

 

同教授は「インテリジェンスのエッセンスは予測能力と言えるかもしれない」と語っている。

 

また同教授は、どんなことでもできる「汎用知能」という概念自体が間違っている、とも語っている。

 

今のAIは特化型の知能だと言われる。碁で戦うであるとか、特定のタスクには非常に強いが、他のタスクでは力を発揮できないからだ。

 

同教授によると、人間の知能も、地球という人間の置かれた特殊環境にのみ特化して進化してきた知能で、汎用知能ではない、と主張する。

なので人間の特化型知能に似せて人工知能を作っても、それは特化型知能でしかなく、本来の「汎用型」が意味するような「なんでもできる知能」を開発することなでできない、ということらしい。

 

研究者の中には、同教授のこの意見に反発する人もいるかもしれないが、1つの意見としてはおもしろい意見だと思う。

 

 

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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