ChatGPTで生成AIブームを牽引した米OpenAIが、かつて自社から独立した研究者たちが設立した米Anthropicに企業市場で追い抜かれつつある。4月13日に流出した社内メモは、その焦りを隠さない異例の内容だった。そしてメモの中でAnthropicへの批判として語られた言葉が、そのままOpenAI自身の反転攻勢の宣言でもあった。
「Claude mania」——数字が示す逆転の現実
4月初め、サンフランシスコで開催されたエンタープライズAI業界カンファレンス「HumanX」に集まった6,700人の経営幹部の間で、ある言葉が飛び交った。「Claude mania(クロードマニア)」——エンタープライズAIスタートアップGleanのCEO、Arvind Jain氏がAnthropicのAIへの熱狂を表現した言葉だ。「もはや宗教のレベルだ」とJain氏は言った。
数字もその熱狂を裏付ける。業界調査によれば、AnthropicはエンタープライズLLM(大規模言語モデル)支出の40%を占め、2023年の12%から急拡大している。OpenAIは27%、Googleは21%だ。Anthropicの年間換算収益は2025年末の約90億ドルから2026年3月末には300億ドルへと急増した。その原動力は、コーディング特化のAIツール「Claude Code」だ。
一方のOpenAIは、自ら年間換算収益250億ドルと主張する。規模ではまだ上だが、成長の勢いと企業市場でのシェアでAnthropicに追い上げられているのは否定しがたい。
社内メモに滲んだ異例の対抗意識
こうした状況を受け、OpenAIが最高収益責任者(CRO)として2025年12月に招聘したDenise Dresser氏(前Slack CEO)が、4月13日に社員向けの4ページの社内メモを送付した。The VergeとCNBCがその内容を報じたことで公知となったこのメモは、競合他社を名指しで批判するという、企業文書としては異例の内容を含んでいた。
Dresser氏はAnthropicのブランド戦略をこう切り捨てた。「彼らのストーリーは、AIへの恐怖と制限、そして少数のエリートがAIをコントロールすべきという考えの上に成り立っている」。Anthropic CEO、Dario Amodei氏がAIの危険性について繰り返し公に警告してきたことを念頭に置いた発言だ。
財務面でも踏み込んだ。Anthropicが報告している年間換算収益300億ドルについて、約80億ドルが過大計上だと社内で主張した。AnthropicがAWSとGoogleとの収益分配をグロス(総額)で計上しているのに対し、OpenAIはMicrosoftとの収益分配をネット(純額)で計上しており「上場企業基準に近い」という論理だ。ただしこれはメモ内の主張であり、OpenAIの公式見解ではない。AnthropicはFT紙の取材に対し、匿名の関係者を通じて「クラウドパートナーとの取引では自社が主体(プリンシパル)であり、グロス計上は標準的な会計処理に則っている」と説明したが、公式声明は出していない。
コンピュート(計算資源)についても「Anthropicはコンピュート確保で戦略的ミスを犯した。それが製品の絞り込みやサービスの安定性の低さに現れている」と断じた。
批判の言葉が、そのまま戦略宣言になった
しかしこのメモで最も注目すべきは、Anthropicへの批判として語られた一文が、同時にOpenAI自身の戦略の核心を表していることだ。
「プラットフォーム戦争において、単一製品企業でいることは望ましくない」
Dresser氏はAnthropicのコーディング特化戦略について、「初期の足がかりにはなったが、AIが開発者チームを超えてあらゆる部門・あらゆる業種に広がるにつれ、弱点になる」と論じた。これはAnthropicへの批判であると同時に、OpenAIが目指す方向の宣言でもある。
Dresser氏はメモの中でこう書いた。「私たちは別個の製品ラインを持つ企業として考えるのをやめるべきだ」。目指すのは「フライホイール」の構築だ——より優れたモデルが利用を促進し、利用の深まりが統合を深め、統合の深まりが複数製品の採用を促し、複数製品の採用が顧客を替えられない存在にする、という好循環だ。
プラットフォーム戦略の全体像
OpenAIが描くプラットフォームの構成要素は、すでにいくつかが動き出している。
中核となるのが、2026年2月5日に正式発表したエージェント基盤「Frontier」だ。企業全体のAIエージェントを構築・展開・管理する「インテリジェンス層」として位置づけられ、Oracle、State Farm、Uber、Intuitなどがすでに採用している。AIエージェントが社内の複数システムをまたいで動き、記憶を持ち、時間をかけて改善していく仕組みを提供する。
Frontierの普及を加速させるために2月23日に発表したのが「Frontier Alliance」だ。BCG、McKinsey、米Accenture、仏Capgeminiという世界最大級のコンサルティング4社との複数年パートナーシップで、各社がOpenAIのFrontier Deployed Engineering(FDE)チームと連携しながら顧客企業へのAI導入を支援する。McKinseyのGlobal Managing Partner、Bob Sternfels氏は「CEOたちはビジネスを根本から作り直さなければならない」と述べ、BCG CEOのChristoph Schweizer氏は「AIだけでは変革は起きない。戦略に紐づき、再設計されたプロセスに組み込まれ、大規模に採用されなければならない」と言った。
流通面では、クラウド基盤をMicrosoftのAzure中心からAWS(Amazon Web Services)へと拡大するシフトが進む。Dresser氏はメモで「Microsoftとのパートナーシップは成功の礎だった。しかし同時に、顧客がすでに使っているインフラの上でOpenAIのモデルを提供できない、という足かせにもなってきた。多くの企業にとってその場所はBedrockだ」と率直に記した。AWSのBedrockとは、企業がOpenAIやAnthropicなど主要AIモデルをクラウド上で横断的に利用できるプラットフォームだ。多くのエンタープライズ企業がすでにAWSインフラ上でシステムを構築しており、そのままAIも調達したいというニーズが強い。2月の連携発表以降、想定を超える引き合いが続いているとDresser氏は記した。
またメモの中では「DeployCo」と名付けたサービスの構築計画にも言及した。Frontier Allianceのコンサル4社が戦略立案やワークフロー再設計を担うのに対し、DeployCoはAIエージェントを企業の既存システムに実際に組み込む「展開の実行部隊」として機能するものとみられる。企業向けAI導入の最後の1マイルを埋める仕組みだが、詳細はまだ公式発表されていない。
モデル面では、「Spud」というコード名の新モデルへの言及もあった。「次世代の仕事のための知性基盤における重要な一歩」と表現されており、より強力な推論と意図認識、本番環境での信頼性が特徴とされる。こちらも公式発表はなく、メモ内での言及にとどまる。
「実行できるか」という問い
ただし、この大転換に対して懐疑的な声もある。OpenAIは口コミで爆発的に広がるコンシューマー向けの成長モデルによって急拡大してきた企業だ。そのような組織が、長い販売サイクル、コンプライアンス対応、複雑なシステム統合を前提とするエンタープライズ市場に本格参入するのは、技術的な問題よりも運用上の挑戦だ。
FT紙の報道によれば、一部の投資家はOpenAIがここ6か月でプロダクトロードマップを2度見直したことを問題視しており、2026年内にも見込まれるIPOを前に戦略の焦点が定まっていないと懸念を示している。
Dresser氏自身もメモの最後をこう締めた。「市場は私たちが勝ち取るべきものだ。そのように実行しよう」。宣言の力強さとは裏腹に、実際に市場を勝ち取れるのかどうか。メモを書いた本人もこれが大きなチャレンジであることは承知しているようだ。
Sources:
- OpenAI公式:Introducing OpenAI Frontier
- OpenAI公式:Introducing Frontier Alliances
- OpenAI公式:The next phase of enterprise AI
- CNBC:OpenAI touts Amazon alliance in memo, says Microsoft has ‘limited our ability’ to reach clients
- The Decoder:OpenAI’s leaked memo says new “Spud” model will make all its products “significantly better”
- The Next Web:OpenAI’s $852 billion valuation is under scrutiny from its own investors
- Axios:OpenAI rips Anthropic, distances itself from Microsoft

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。