シンギュラリティをSFで終わらせない。AIの進歩を測る時代へ

AI新聞

AGI(汎用人工知能)は、長く「到達点」として語られてきた。人間並みのAIが完成した瞬間、世界は一変する——そんなイメージである。だが、米Google DeepMindの研究者らが発表した論文「From AGI to ASI」が描くのは、少し違う未来だ。AGIは終点ではなく、むしろその先に続く競争の出発点かもしれない。計算資源の拡大、新しい学習方式、AIによるAI開発、多数のAIエージェントの協調。こうした複数の道筋を通じて、AIは人間個人だけでなく、大規模な人間組織をも上回るASI(人工超知能)へ進む可能性がある。論文の核心は、シンギュラリティを神話として語ることではない。AGI後の進歩を、測定し、比較し、備えるべき現実の課題として扱い始めた点にある。

変化を止めない「年10倍」というエンジン

なぜ、AGIで話が終わらないのか。論文がまず重視するのが、計算資源の伸びを示す「実効計算量」の成長率だ。この指標は近年、年に約10倍のペースで伸びてきた。内訳は三つの要因の掛け算である。半導体の性能向上(ムーアの法則)が年1.5倍、計算ハードへの投資額がこの10年で年約2.5倍、そしてアルゴリズムの効率が年約3倍に高まってきた。掛け合わせると約11.25倍。控えめに丸めて「年10倍」だ(Epoch AI推計)。仮にこのペースが続けば、10年後の実効計算量は今の1万倍に達する。

この数字が示すのは、AGIが完成した「後」も成長は止まらない、という単純で重い事実だ。論文はこんな思考実験を置く。仮にAGIが当初は高価で、わずか1,000体しか動かせなかったとしても、年10倍の成長が5年続けば、それは1億体になる。あるいは100万体を100倍の速さで走らせることもできる。人間レベルの知能を、桁違いの数と速度で展開できるようになる——その時点で、AIはもはや一人の人間に匹敵する道具ではなく、大規模な人間組織と比べるべき存在になってくる。つまり、特別な「ひらめき」や新発明がなくとも、量の拡大だけで変化は続いていく。これが連続変革論の背骨である。

AGIを超える「四つのエンジン」

しかも、AGIをその先のASI(人工超知能)へと押し上げる力は、計算資源の拡大だけではない。論文は、AGIからASIへ至る道筋として、第一にスケーリング、第二にAIの基本方式そのものが変わるパラダイム転換、第三に多数エージェントの協調、第四に再帰的自己改善を挙げている。先に見たスケーリング、すなわち計算資源・モデル・データをひたすら大きくしていく道は、そのうちの一つにすぎない。

二つ目の道筋は、アルゴリズムの「パラダイム転換」だ。いまのAIは、大量のテキストを読ませて「次に来る言葉」を当てさせる訓練を土台にしている。この基本レシピが、より優れた別の仕組み——たとえば学び続けられる方式(継続学習)や、世界の成り立ちを内部に持つ方式(世界モデル)——へ進化したり、あるいはまったく新しい方式へ飛んだりすれば、性能が一段上がる可能性がある。三つ目の道筋は「多数エージェントの協調」で、無数のAIが分業し合い、一つの巨大な集団知能としてふるまう道である。

そして四つ目の「再帰的自己改善」は、これらとは毛色が違う。「どんな新技術か」ではなく、「改善を誰が回すか」の話だからだ。AIがAI自身の研究開発を肩代わりし、より優れたAIを生み、それがまた研究を速める——この自己強化のループを指す。肝心なのは、このループが他の三つすべてを加速しうる点である。AIがより良い学習データを作ればスケーリングが進み、AIが新しいアルゴリズムを見つければパラダイム転換が起こり、AIが組織化を工夫すれば集団化が進む。それ自体が一つの新技術というより、ほかの三つの道筋を加速するメタな力なのだ。

論文は、この四つが互いに排他的ではなく、同時並行で進みうると明言する。エンジンは一つではない。しかも一つ(再帰的自己改善)が、ほかの三つの出力をまとめて押し上げる可能性がある。だとすれば、AGIという一里塚で変化が止まると考える理由は、どこにもない。

シンギュラリティを「SF」から「数字」へ

四つのエンジンのうちの一つ、再帰的自己改善は、いわゆるシンギュラリティ(技術的特異点)論の中核にある。もっとも、「特異点」という言葉の意味は一様ではない。もともとは、技術や知能の成長が制御不能なほど加速し、その先が見通せなくなる転換点を広く指す言葉だった。ただ近年は、その引き金をこの再帰的自己改善——AIがAI自身の研究開発を担い、自らを改良し続けるループ——に求め、AGIやシンギュラリティの到来を「AIがAI研究を自動化する瞬間」とほぼ重ねて語る論調が目立つ。AIがAIの研究を加速し、それがさらに強力なAIを生む。この自己強化のループが劇的な知能爆発を起こす、という見立ては根強い。論文もその可能性自体は否定しない。だが論文の姿勢で際立つのは、それをSFのように夢見たり恐れたりする対象としてではなく、数字で淡々と追いかける対象として扱う点にある。自己改善がどのペースで進み、いつ頭打ちになるのか——その曲線を、早い段階のデータから見通そうとする。シンギュラリティを、SFの空想から、観測と測定の対象へと引き戻すのである。

測定対象として扱うということは、限界も測るということだ。論文は、仮に超知能(ASI)が実現しても、それは万能ではないと釘を刺す。光速や物理法則、計算の複雑さ(解くのに天文学的な時間を要する問題の存在)、Gödelの不完全性定理といった、原理的な限界からは誰も逃れられない。超知能は「全知全能の神」ではなく、あくまで物理と論理の枠の中で動く存在だ。だとすれば、それを救世主として待ち望むのも、破滅の予兆として恐れるのも、どちらも的外れということになる。

そもそも、こうした道筋を体系的に論じる論文が現れたこと自体が、一つの兆候なのかもしれない。長くSF的な想像と結びつけられてきたこの主題が、少なくとも主要AI研究者のあいだでは、定量的に検討すべき研究課題として扱われ始めている。

残るのは、より実務的な問いだ。変化が一度きりの大転換ではなく、連続した波として訪れるのなら、私たちが見るべきものは「AGIはいつ来るのか」だけではない。どの能力が、どの速度で、どの分野に広がっているのか。その変化を測り続けることが重要になる。AGIは、長い坂道の途中にある一つの標識にすぎない。問われているのは、ゴールテープの位置ではなく、この坂をどれくらいの速さで上り続けられるのかを、誰が最も正確に読めるか、である。

出典

From AGI to ASI
https://arxiv.org/abs/2606.12683v1

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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