AIが人間に小テストを出す。しかも相手は部下ではない。AIエージェントに仕事を任せた上司である人間だ。
一見、奇妙な話に聞こえる。だが、AIエージェント時代の働き方を考えると、意外に重要な発想かもしれない。
米Microsoft CEOのSatya Nadella氏は、Reid Hoffman氏との対談で、GitHub Copilotに入っている「cognitive coverage」という機能に触れた。直訳すれば「認知カバレッジ」だが、一般のビジネスパーソンには分かりにくい。要するに、AIがやった仕事を人間がどこまで理解しているかを確認する仕組みである。
同氏によれば、AIエージェントが仕事を終えると、その内容を人間が学べるようにクイズを作るという。AIが作業し、人間がその成果物をレビューする。そのとき、人間が内容を理解していなければ、まともなレビューはできない。だからAIの側が、人間に「本当に分かっていますか」と問いかけるわけだ。
これは、今後の知的労働の変化をよく表している。
これまで人間は、自分で資料を作り、自分でコードを書き、自分で分析してきた。その過程で、自然に理解が積み上がった。ところがAIエージェントが仕事を代行するようになると、人間は完成品だけを受け取る場面が増える。
営業資料、契約書、調査レポート、商品企画、コード、財務分析。AIがかなりの部分を作り、人間はそれを読んで、直し、承認する。つまり人間の仕事は「作る」ことから「レビューして判断する」ことへ移っていく。
ただし、理解していないものに責任は持てない。AIが出した結論の前提は何か。どこにリスクがあるのか。別の判断をすべき余地はどこにあるのか。そこを人間が把握していなければ、レビューとは名ばかりで、中身も読まずに大量の書類に承認印を押すのと変わらない。
だから、AIが人間に小テストを出すという発想が出てくる。たとえばAIが作った提案書について、「この提案の一番重要な前提は何か」「競合比較で弱い部分はどこか」「この結論が外れるとすれば、どの条件が崩れた場合か」といった問いを出す。人間はそれに答えることで、成果物をただ読むのではなく、理解しながらレビューすることになる。
もちろん、すべての仕事で毎回小テストを受けるようになれば、それはそれで面倒だ。AIで効率化したはずなのに、確認作業に時間を取られすぎれば本末転倒である。
だから今後は、小テスト以外にも、人間の理解を助ける仕組みが増えていくはずだ。例えば、AIが「ここだけは確認すべき」という重要ポイントを示す。判断に必要な前提を整理する。見落としやすいリスクを指摘する。過去の社内判断との違いを説明する。担当者の知識レベルに合わせて、説明の深さを変える。そういった仕組みが不可欠になっていくことだろう。
AIが人間に小テストを出すという話は、少し笑える。しかし、これからの上司は、AIに仕事を振るだけでは済まない。AIの成果物を理解できる上司でなければならない。その理解を助けるために、AIの側が人間を教育する。そんな逆転した関係が、少しずつ当たり前になっていくのかもしれない。

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。