WalmartがAIエージェント全面展開

AI新聞

「実験フェーズは終わった」——米Google Cloud CEOのThomas Kurian氏は、2026年4月22日にラスベガスで開幕したGoogle Cloud Next ’26の基調講演でそう宣言した。そして、その言葉を最も力強く体現する事例として名指しされたのが、世界最大の小売業者、米Walmartだ。

 

年間売上高6810億ドル、従業員約210万人、19カ国に1万750以上の店舗を構えるWalmartが、今回のカンファレンスでGoogleとの包括的なAIエージェント戦略を公表した。その内容は大きく二つの軸に分かれる。一つは店舗・サプライチェーンの現場リーダーを対象にした「社内向けエージェント」、もう一つはGeminiアプリと統合した「顧客向けショッピングエージェント」だ。

 

現場リーダー全員に「考えるスマートフォン」を支給

 

BizTech Magazineの報道によれば、Walmartは店舗・サプライチェーンのチームリーダー全員にGoogleの折りたたみスマートフォン「Pixel Pro Fold」を支給し、その上でGemini Enterpriseを活用した専用AIエージェントを稼働させている。リーダーはスマートフォンに話しかけるだけで、在庫データ、物流状況、スタッフの配置状況にリアルタイムでアクセスできる。複雑な基幹システムを手動で操作する必要はない。

 

このシステムの設計思想を端的に示したのが、Walmartが強調した一言だ。「在庫データへの回答が数時間から数秒に短縮され、リーダーがバックヤードの端末から離れ、売り場で過ごす時間が増える」——目的はテクノロジーの刷新ではなく、人が人と向き合う時間の最大化だ。

 

技術的な構造も興味深い。外見はコンシューマー向けのスマートフォンだが、その裏側ではWalmartの企業データレイヤーと接続された高度なデータパイプラインが動いている。フロントエンドの単純さと、バックエンドの複雑さの非対称性こそが、このシステムの本質だ。Kurian氏がキーノートで語ったように、Walmartは「Gemini EnterpriseとGoogle Cloudのデータを活用し、店舗・サプライチェーンのデータを全社エンタープライズデータと接続した」のである。

 

「検索」から「対話」へ——顧客体験の構造転換

 

社内向けと並行して、Walmartは顧客向けのAIエージェントでも大きく動いた。こちらは2026年1月の全米小売業協会(NRF)カンファレンスで先行発表され、Google Cloud Next ’26でも成果事例として改めて紹介された内容だ。

 

核心は、GeminiアプリにWalmartのショッピング体験を直接統合する、というものだ。Walmartの公式発表によれば、顧客がGemini上でキャンプ用品や季節アイテムを検索すると、Geminiが自動的にWalmartとSam’s Clubの在庫・価格情報を組み込んで回答する。購入を決めた顧客はWalmartのチェックアウト環境で決済を完結でき、過去の購入履歴に基づいたパーソナライズ提案や、Walmart+会員特典の適用も受けられる。配送は最速30分、数十万点が3時間以内に届く即時配送にも対応する。

 

この仕組みを支える技術基盤が、WalmartとGoogleが共同で構築した「Universal Commerce Protocol(UCP)」だ。Shopify、Etsy、Wayfair、Targetなど20社以上が支持するオープンスタンダードで、Google検索やGeminiの画面に「購入」ボタンを直接表示するネイティブチェックアウトを実現する。AIが媒介する買い物体験を業界横断で標準化しようという、大きな野心を持ったプロトコルだ。

 

「小売プレイブックを書き直している」——Furner CEOの言葉

 

この二正面作戦の意味を最もよく表しているのは、Walmartのトップ自身の言葉かもしれない。

 

NRFの基調講演でSundar Pichai氏と壇上に立ったWalmart米国社長兼CEO(現在はWalmart Inc.のCEOに就任)のJohn Furner氏は、こう言い切った。「エージェント主導のコマースへの移行は、小売業の次の大きな進化だ。われわれはその変化を傍観しているのではなく、牽引している」

 

別の発言でもFurner氏は「われわれは今まさに小売のプレイブックを書き直している。『欲しい』と『手に入れた』の間のギャップを埋めようとしている」と語っている。

 

注目すべきはWalmartが特定のAIプラットフォームに一本化していない点だ。Walmartは2025年10月にOpenAIのChatGPTとも連携を開始しており、「ハイブリッドアプローチで顧客に最善のサービスを提供する」という姿勢を取っている。GoogleとOpenAI、双方と組むことで、エージェンティックコマースという新市場でのリスクを分散させているのだ。

 

「エージェント時代」に1850億ドルを投じるGoogle

 

WalmartがGoogleと深く組む背景には、Googleそのものの大規模な方向転換がある。Pichai氏はGoogle Cloud Next ’26のビデオメッセージで、Googleの設備投資総額が4年前の310億ドルから2026年には約1850億ドルに拡大したことを明らかにし、「エージェント時代に移行するにあたり、われわれは今、そして将来に向けて大きな投資を行っている」と述べた。

 

今回のカンファレンスで発表された「Gemini Enterprise Agent Platform」は、その投資の象徴的な産物だ。AIエージェントを構築・展開・管理・最適化するための統合プラットフォームで、従来の「Vertex AI」の後継として位置づけられる。Constellation Researchの分析によれば、Googleはこれを「チップからアプリまで」のフルスタックとして提供することで、「部品を渡すだけの競合」との差別化を図っている。パートナーエコシステムの強化にも7億5000万ドルを投じると発表した。

 

「実験の終わり」が意味すること

 

Walmartの事例が示すのは、AIエージェントの活用が「どの企業がやるか」という問いから、「どこまでやるか」「いかに速くやるか」という競争フェーズに移行しつつあるという現実だ。

 

210万人の従業員を抱える世界最大の小売業者が、現場リーダー全員へのデバイス支給と、顧客向けAIエージェントの全面展開を同時に進めている。これを「大企業だからできること」と片付けるのは簡単だが、それは逆説的に、追随が難しくなっていることを意味する。Kurian氏の言葉を借りれば、「実験フェーズは終わった」のだ。

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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