AI企業の競争で「最前線」というと、多くの人は研究者やモデル開発者を思い浮かべるだろう。しかし米テックメディアThe Informationが4月18日に報じた長編プロフィール記事は、異なる現実を描き出している。今のAnthropicの成長を実質的に牽引しているのは、CFO(最高財務責任者)のKrishna Rao氏だ。
Airbnb出身の財務責任者
Rao氏(43歳)は、ミネアポリス生まれ。ハーバード大学で経済学を首席で修め、Yale大学ロースクールで法務博士号を取得した。弁護士の道は選ばず、米大手投資ファンドのBlackstoneでキャリアを積んだのち、Airbnbへ。2020年のコロナ禍では、急落した業績の中で緊急融資の交渉を主導し、同年のIPO成功を支えた人物だ。
Anthropicへは2024年5月に入社。同社初のCFOとなった。Daniela Amodei共同創業者は当時、「資金戦略と分析、資本配分、そして高成長組織のスケーリングにおける深い専門知識が不可欠だ」と述べている。

2年間で変えた数字
Rao氏が入社した時点でのAnthropicの企業価値は約150億ドル、年間収益は数億ドル規模にとどまっていた。
ところがThe Informationによれば、AnthropicのClaude CodeとCoworkという2つの製品が成長を牽引し、今や年間換算収益は300億ドルを超えた。これは前年末の3倍以上の水準だ。
財務体質も劇的に改善した。粗利率は2024年のマイナス94%から、翌2025年にはプラス40%へと転換。同期間に年間収益も10億ドル未満から90億ドルへ急拡大した。
企業価値は2026年1月に3,800億ドルに達し、Rao氏の入社以来に調達した資金は累計600億ドルを超える。
CFOの最大の仕事は「計算資源の確保」
数字が印象的なのは確かだが、The Informationが描くRao氏の役割の本質は別のところにある。
Anthropicが成長するためには、AIモデルの訓練と運用を支える膨大な計算インフラ、つまりGPU、クラウドサーバー、データセンター電力などが必要だ。このボトルネックを解消することが、Rao氏の中心的な仕事になっている。
Rao氏が入社した当初、AnthropicはGoogleとのクラウド契約に依存していた。彼はこれを多様化するよう社内で主導し、現在はGoogle、Amazon、Microsoftの三大クラウドすべてと契約。チップもNvidia、Google、Amazonを併用する体制を整えた。
さらに、MicrosoftのクラウドにNvidiaチップ経由で最大300億ドルを投じる契約、GoogleのTPU(テンソル処理ユニット)を最大100万基規模で活用する合意、そしてBroadcomとGoogleとの間で2027年から3.5ギガワット規模のAI計算能力を確保する新たなパートナーシップも締結している。
CEOのDario Amodei氏は「将来の計算需要を正確に見積もれるかどうかが、成功と破産の分かれ目になる」と述べている。この判断の責任を担うのがRao氏
だ。
「数字を管理する人」から「未来を設計する人」へ
The Informationの記事でRao氏の元同僚たちが口を揃えるのは、彼が「ビジネス感覚を持つ財務責任者」だという点だ。
Blackstone時代の同僚で、現在同社のプライベートエクイティファンドを率いるMartin Brand氏は「会計出身で正しい数字を出すだけのCFOとは違う。何がビジネスにとって重要で、相手にとって重要かを真に理解している」と評している。
Airbnb時代の上司でRao氏のメンターでもあるLaurence Tosi氏は、「希望的観測でカネを無駄にしたり、馬鹿げたバリュエーションで資金調達したりしない」と言い切る。
IPOを控えた試練
The Informationはまた、Rao氏の次なる課題として早ければ2026年秋に想定されるIPOを挙げている。Anthropicはすでにシリコンバレーの法律事務所Wilson Sonsiniをアドバイザーに起用し、上場準備を進めている。
現時点での追加資金調達の予定はないとされるが、Rao氏のチームにはすでに企業価値8,000億ドルでの出資オファーが届いており、一部の投資家は1兆ドル超の評価も可能と見ている。
一方、課題も残る。米戦争省はサプライチェーンリスクを理由にAnthropicを問題企業に指定しており、2026年6月末までに防衛関連企業との契約打ち切りを要求している。政府・防衛関連市場へのアクセスが制限されるリスクは、IPO前の不確定要素として投資家も注視している。
「インフラ争奪戦」の主役
今のAI産業では、モデル性能だけが競争力の源泉ではない。計算資源をいかに確保し、いかに効率よく使うか。この極めて現実的な問いが、企業の命運を左右する。
AIはソフトウェア産業でありながら、同時にエネルギーや半導体に近いインフラ産業の性格を帯びている。この産業構造の変化の中で、CFOという役職が企業戦略の中枢に浮上している。
The Informationの記事が浮かび上がらせるのは、そうした構造変化の一断面だ。Krishna Rao氏という個人の物語は、AI企業競争の「本当の戦場」がどこにあるかを映し出している。
ソース:The Information, April 18, 2026/Anthropic Series G発表文/Sacra

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。