米中によるAIや半導体の開発競争が激化する中、意外な場所から意外な声が上がった。世界最大のAI半導体メーカー、米Nvidia CEOのJensen Huang氏だ。ポッドキャスト「Dwarkesh Podcast」のインタビューの中で、中国をAIの脅威とみなして封じ込めようとする米国の現在の政策姿勢に、真っ向から異を唱えた。「中国を敵に仕立て上げることは、おそらく最善の答えではない。彼らと対話を持つことが、おそらく最も安全な道だ」。競争相手と敵は違う——Huang氏のこの一言が、議論の出発点だ。
対話しなければ、何が起きるか
対話の欠如が招くリスクを考えるうえで、一つの具体的な事例がある。AnthropicのAIモデル「Mythos」だ。このモデルは公開前の段階で、主要なOS・ブラウザ全てにわたって数千件の重大な脆弱性を発見した。脆弱性が存在しないよう特別に設計されたOSであるOpenBSDにすら、27年間見過ごされてきた脆弱性を発見した。インタビュアーによると、Anthropicが先にこの能力に到達したからこそ、「1ヶ月間手元に置いておき、その間に米国企業に脆弱性を修正させてから公開する」という対応が可能だった。
しかし同じことを中国が先にやったとしたら何が起きるか。中国が同等の能力を持つモデルを開発し、中国企業に先行公開したとすれば、中国企業はその間に自国のシステムの脆弱性を修正できる。一方、米国企業のシステムは無防備なまま攻撃にさらされることになる。
この問題の解決策について、Huang氏は「研究者との対話、中国との対話、そして全ての国との対話を持ち、人々がテクノロジーをそのような形で使わないようにすることだ」と語る。特に「米国のAI研究者と中国のAI研究者が実際に対話することは不可欠だ」と言う。「AIを何に使わないかについて、両者が合意を目指す必要がある」。規制ではなく対話——それがHuang氏の処方箋だ。
輸出規制は効かない。中国はすでに強い
輸出規制によって中国のAI開発を封じ込めようとする議論に対して、Huang氏は根本的な疑問を呈する。その根拠となるのが、AIを5つの技術レイヤーで捉えるHuang氏独自の視点だ。「AIはいわば5層のケーキだ」——下から順に、エネルギー、半導体、コンピューティングスタック(半導体の上に乗り、AIモデルを動かすための仕組み全体)、AIモデル、AIアプリケーションの5層で構成される。
中国は特にエネルギーの層で優位に立っているという。中国には「電力が引かれたままで、稼働していないデータセンターが存在している」と同氏は指摘する。そういう状態で米国が最新鋭の半導体の中国への輸出を規制しても無意味だと言う。なぜならAIは並列処理の技術だからだ。最先端の半導体1枚の性能よりも、旧世代の半導体を大量に束ねて同時に動かす総合力がものをいう。「エネルギーがタダ同然なら、4倍、10倍の数のチップを束ねればいい」「エネルギーが潤沢であればチップの不足を補えるんだ」と同氏は指摘する。つまり最先端の半導体の輸出を規制しても、旧世代チップを大量に揃え、それを動かすエネルギーとデータセンターが潤沢にある限り、中国は十分に競争力のあるモデルを開発できる。
さらに「中国は世界のAI研究者の50%を擁している」とHuang氏は言う。彼らの「優れたコンピューターサイエンスによって、アルゴリズムの性能を10倍向上させることができる」とHuang氏は主張する。
2つのエコシステムに分断されたとき、米国は勝てるか
すでにそうした現状であるにもかかわらず、輸出規制を強化し、米国と中国の分断が深まればどうなるのか。
Huang氏が最も警戒するのは、世界のAIエコシステムが米中2つに分断されるシナリオだ。「オープンソースのエコシステムが外国の技術スタックの上でしか動かず、クローズドなエコシステムがアメリカの技術スタックの上で動く——そうなることは極めて愚かであり、アメリカにとって最悪の結果になる」と同氏は指摘する。
「中国は世界最大のオープンソースソフトウェアの貢献国だ。世界最大のオープンモデルの貢献国だ。これは事実だ」とHuang氏は断言する。現在、中国のオープンモデルはNvidiaの半導体とその技術スタックの上で動いている。しかし規制によって中国が独自半導体と独自スタックへの依存を深めれば、世界最大のオープンソース供給国が、米国以外のエコシステムの旗手になる。中東・東南アジア・アフリカといった地域の国々にとって、無償で利用できる中国発のオープンエコシステムは、コスト面でも技術面でも魅力的な選択肢になりうる。米国とその友好国以外の技術者が、中国のエコシステムに貢献するメンバーになる。今は確かに米国がリードしている。しかし米国と少数の友好国以外が中国側についたとき、米国のエコシステムが勝つ保証はどこにもない。
エコシステムを分断させずに中国と共にAIを進化させ、対話を続けることは、米国の国益にもなり、世界の安定にもつながる——Huang氏のこの主張は、現在の米国の主流的な政策論とは一線を画す少数派の見解かもしれない。自社の半導体をより多く売りたいというポジショントークもあるだろう。しかしAI時代の冷戦状態のようになりサイバー空間での攻防がエスカレートしていく未来と比べたとき、対話による共存という道筋は、非現実的な理想論というよりも、むしろ最も現実的な選択肢なのかもしれない

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。