時価総額3兆ドル超、営業利益率70%超。Nvidiaはいかにしてこの数字を実現したのか。その答えは、CEO Jensen Huang氏が一貫して実践してきたシンプルな哲学の中にある。「人がやることはやらない。誰もやらないことは全力で(Do as much as needed, as little as possible)」。言葉にすれば単純だが、この哲学を20年以上貫くことが、世界最強の半導体会社を生み出した。そしてこの哲学を理解することは、単なる企業分析にとどまらない。NvidiaがAI産業のどこを押さえ、どこを手放すのかが分かれば、今後のAI業界の構造と方向性を読む地図になる。
誰もやらないからやる——CUDAへの20年間の賭け
「私たちがやらなければ、誰もやらなかった」。Huang氏がそう断言するのが、プログラミング基盤「CUDA」への投資だ。Nvidiaはほとんどの期間赤字を出しながら、20年間CUDAの開発に専念し続けた。当時の業界では全く評価されなかった判断だ。しかし今日、CUDAは数億台のGPU上で動き、世界中の開発者・研究者・AI企業がその上にシステムを構築している。「CUDAのエコシステムは究極の財産だ」とHuang氏は言う。誰もやらないと分かっていたからこそ、赤字でも手を放さなかった。これがNvidiaの競争優位の根源だ。
誰かがやるからやらない——製造はTSMCに委ねる
一方、「誰かがやるならやらない」の象徴的な決断が、半導体の製造をTSMCに全面委託したことだ。半導体会社でありながら、自社では一枚のチップも製造しない。Huang氏の言葉を借りれば「自分がやる必要のないことは、誰かとパートナーを組み、エコシステムの一部にする」。TSMCとは法的な契約すら持たず、30年近くにわたって信頼関係だけで巨大なビジネスを動かしてきた。製造という膨大な資本とリスクを手放したからこそ、設計とソフトウェアに経営資源を集中できた。
支援するが、自分はやらない——ネオクラウドとの絶妙な距離感
この哲学が最も鮮明に現れるのが、CoreWeave・Nscale・Nebiusといったネオクラウド企業との関係だ。「CoreWeaveが存在できるよう支援しなければ、彼らは存在しなかった」とHuang氏は言う。AIチップは高価であり、それをデータセンターとして運用するネオクラウドがなければ、多くの企業がNvidiaのチップにアクセスできない。産業の成立に不可欠な存在だ。しかしHuang氏はこう続ける。「融資ビジネスをやっている人たちがいる。自ら融資家になるよりも、融資ビジネスのプレイヤー全員と協力したい」。支援はする。しかし自分がクラウド事業者になることはない。
このネオクラウドへの出資をめぐっては、「循環取引(Circular Financing)」という批判がある。NvidiaがCoreWeaveに出資し、CoreWeaveはその資金でNvidiaのGPUを購入する。その売上でNvidiaがさらに投資する——この循環がNvidiaの売上を人為的に膨らませているのではないか、という疑惑だ。1990年代後半の通信バブルで、ベンダーファイナンスが実際の需要の弱さを隠蔽した構造との類似を指摘する声もある。
ただしHuang氏の哲学の論理から見れば、一定の説明はできる。クラウド事業そのものは「誰かがやる」からやらない。しかしAI時代のコンピュート需要の急速な高まりに応えるネオクラウドという新しいカテゴリーは、リスクが高すぎてVCも既存の金融機関も本格的な支援に踏み込まなかった。「誰もやらないなら自分がやる」——ネオクラウドへの出資はこの哲学の延長線上にある。金融業はやらないが、誰もやらない支援であれば自分がやる。その結果としてGPUが売れるのは副産物であって目的ではない、という説明だ。
批判が完全に的外れとは言えないが、少なくともHuang氏の哲学には一貫した論理がある。やる理由とやらない理由が同時に存在する、この哲学の最も精妙な——そして最も議論を呼ぶ——適用例だ。
関与するが、勝者は選ばない——全員に投資する理由
OpenAI・Anthropic・Mistralなど、Nvidiaは主要な基盤モデル企業に幅広く投資している。しかしHuang氏はこう言う。「一社に投資するなら、全員に投資する。勝者を選ぶのは私の仕事ではない」。その背景には、自社の歴史への深い謙虚さがある。「Nvidiaが創業した頃、60社の3Dグラフィクス企業があった。誰もNvidiaが生き残るとは思わなかった。私自身も含めて」。勝者を予測することの難しさを知っているからこそ、特定企業を優遇してエコシステムを歪めることをしない。関与はするが、選別はしない——これもまた「できるだけ少なく」の一つの形だ。
この哲学の本質は、何をやるかではなく、何をやらないかを徹底的に考え抜くことにある。「私がやることは全て、このレンズを通してやっている」とHuang氏は言う。CUDAへの赤字投資、TSMCへの製造委託、ネオクラウドへの支援、全員への投資——一見バラバラに見えるこれらの判断は、全て同じ問いから生まれている。「これは自分たちがやらなければ誰もやらないか。それとも、誰かがやるか」。その問いに正直に答え続けた結果が、時価総額3兆ドルの会社だ。
この哲学が示す構造は、AI業界の今後を読む上でも有効な視点になる。Nvidiaが「やらない」と決めた領域——クラウド、金融、製造——には今後も新たなプレイヤーが生まれ続けるだろう。一方、Nvidiaが「やる」と決めた領域——チップ設計、CUDAエコシステム、サプライチェーンの整備——は、今後も簡単には代替されない。クラウド・モデル・アプリケーション層の競争がどれほど激化しようとも、その土台を握り続けるのはNvidiaだ。AI業界の地図を読むには、Nvidiaが何をやり、何をやらないかを追い続けることが、最も確実な羅針盤になる。

湯川鶴章
AI新聞編集長
AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。