DX推進者は夢を語ろう

AI新聞

 

 

日本企業は、なかなかDXが進まない。DX推進者からは「トップや中管理職がDXの価値を理解してくれない」という話をよく耳にする。ではどうすれば、その現状を打破できるのかと聞くと「もっと危機感を植え付けるべきでしょうね」という答えが返ってくる。確かに危機感を持ってもらうことも大事だけど、僕はワクワク感を会社全体で共有すべきなんじゃないかって思う。DXを推進すると、こんなにも明るい未来が待っているんだと理解してもらったほうが、危機感に駆り立てられるより、大きな推進力になるのではないかと思う。

 

ただ、DX推進者の多くは、明るい未来を感覚的につかんでいるだけで、DXの結果を具体的に思い描げていない。未来の可能性を正確に見極めることは、実は非常に難しいからだ。

 

今から四半世紀も前になるが、前職の時事通信社時代に「これからはファックスではなく、メールの時代になる」という記事を書いたことがある。その記事を読んだ一人の先輩記者から、「本当にそんな時代になるのか?オレの周りの人間はみんな、お前の記事の主張に首を傾げてたぞ」と話しかけられた。「ファックスと比較してメールのメリットって何なんだ」と聞かれて、「紙で印刷しなくていいことです」と答えると、「なんだ、そんなことか。ファックスは勝手に印刷してくれるので、全然手間じゃないじゃないか」と一笑されてしまった。「それに画面の文字を読むより、紙で読んだほうが読みやすい」と反論され、僕はぐうの音も出なかった。感覚的には自分の主張のほうが正しいと感じていたのだが、その理由をうまく説明できなかった。

 

2021年のわれわれは、ファックスよりもメールのほうが圧倒的に便利なことを知っている。写真だけでなく映像も添付できるし、過去の情報を簡単に検索できる。コピペも簡単だし、出先でもスマホで受信できる。そして何よりも手軽なんで、コミュニケーション量が圧倒的に増える。ファックス時代に比較すると、コミュニケーション文化のパラダイムシフトである。

 

僕は、このパラダイムシフトを感覚的に予見できていたが、うまく言語化できなかったのだ。

 

実は、多くのDXにも同様の問題がある。リモートワークを例に取っても分かる。リモートワークに明るい未来があるように感じていても、「会社に全員が毎日出社するほうが、生産性が上がる」という主張に対し、うまく反論できない。現時点の技術や社会状況を考えると、確かにリアル出社のほうが生産性が上がる。しかしリモートワークに移行すれば、それに関連する新たな技術やアプリケーションが今後次々と登場してくるだろう。そして最終的には、全員毎日リアル出社を続けるよりも、はるかに大きな生産性を上げるようになるのだと思う。メールのときと同様に、企業文化のパラダイムシフトになると思う。しかしメールのときと同様に、今現時点では、相手を説得できるほどの材料を持ち得ていない。

 

DXとは、そういうものだと思う。デジタルには想像を超える拡張性があるのだが、事前にその可能性がどこまで拡張するのかを明確に言い当てることができる人はほとんどいない。

 

なので会社全体にワクワク感を持ってもらうためには、DX推進者は、ありったけの想像力を総動員する必要がある。夢物語でもいい。DX推進者は、大風呂敷を広げる必要があるのだと思う。大風呂敷を広げて、会社全体をワクワクさせる必要があるんだと思う。

 

謙虚である必要はない。現実的な未来予測である必要はない。なぜなら、メールなどの過去のDXの例を見る限り、DX推進者が広げた大風呂敷よりも、結果の風呂敷は圧倒的に大きくなることが多いからだ。デジタル技術は毎回、われわれの想像力をはるかに超える未来を引き連れてきてくれるのである。

 

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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