AIが人間の仕事を奪うのではなく、向上心のある人が向上心のない人の仕事を奪う時代になる

AI新聞

 

「AIが人間の仕事を奪う」。オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授が「雇用の未来」という題の論文で世界中に衝撃を与えてから、既に数年が経った。多くの研究者や経営者がこのテーマで論考を重ねてきたが、果たして時代はオズボーン教授の主張通りに展開しているのだろうか。2020年の年末の時点で、未来の仕事はどのようになると考えられているのだろうか。

 

 

オズボーン教授の論文が発表されたのは2013年。同論文によると、米国の仕事の47%が自動化されるようになるという。同論文に続くように2014年にはBruegelがEUの仕事の54%が自動化されると予測し、2016年にはOECDが世界の仕事の9%が自動化されると予測。2017年にはPriceWaterhouseCooprsが、2030年までに米国の仕事の38%が自動化されると予測している。OECDの予測だけが、9%と数値が低いのだが、OECDは2年後の2018年にはこの数値を14%に上方修正している。

 

予測モデルの違いや変数の違いから、数値にばらつきがあるのは仕方がないだろう。景気や人口動態、政治状況にも影響を受けるので、正確な予測など、もともと無理な話だ。ただすべての予測を通じて言えることは、相当数の仕事がAIによって自動化されるということだ。今回のコロナ禍で、これらの予測はさらに前倒しになった可能性さえある。

 

一方で、AIによる自動化が進んだとしても、失業者はそれほど増えない、という主張もある。というのは、仕事は複数の業務を内包しており、業務のいくつかが自動化されたとしても、自動化できない業務が残れば、仕事自体はなくならない、という意見だ。

 

2020年11月に茨城県で自動運転バスの定期運行が始まった。運転という業務自体は自動化されたが、安全に運行できているか、乗客が安全に乗り降りできているかを監視するため、係員が同乗している。上記の主張のように、業務はなくなったが仕事はなくならなかったわけだ。

 

しかし今後、監視業務でさえカメラか何かで代替できるようになれば、同乗者は不要になるかもしれない。

 

自動化で業務がなくなる方向に進むのは間違いないが、それが失業につながるのかどうかは簡単には予測できないというのもその通りかもしれない。

 

またAIが特定の仕事を不要にする一方で、AIが新しい仕事を生むという主張も出てきた。

 

2018年のPricewaterhouseCoopers(PwC)の予測では、AIの普及で英国の700万人が失業するが、同時に720万人の雇用が生まれるという。別のPwCの予測では、AIの普及によって2030年のGDPが15.7兆ドル増加するという。

 

つまりAIは仕事を自動化するので失業者が出るかもしれないものの、それ以上に新しい雇用を生み出し、経済も拡大するという。

 

バラ色の未来が待っているわけだ。

 

マクロに見ればその通りかもしれないが、ミクロに見ればさほどバラ色でもない。仕事を失った者が新しい仕事につけるとは限らないからだ。

 

AIが生み出す雇用は、より高度なスキルを必要とする。失業者が短期間に新たなスキルを身につけることは可能だろうか。

 

 

フューチャーリストのSteve Brown氏が書いたThe Innovation Ultimatumという本によると、AIによる自動化で雇用の需要が激減しそうな領域には次にようなものがある。

 

・農業

・肉体労働

・放射線技師

・保険業務

・テレマーケター

・キャッシャー

・経理

・税務

・銀行窓口

・弁護士助手

・タクシー運転手

・カスタマーサポート

 

一方で、既に売り手市場の仕事の領域、もしくは今後需要が高まりそうな仕事には次のようなものがあるという。

 

・データサイエンティスト、ロボットエンジニア、機械学習エンジニア

・2つ以上の専門領域を持っている人(例:AIと医療)

・これまで無関係とみなされていた領域の接点にいる人(例:AIと倫理)

・予想可能な社会変化が生み出す仕事(例:高齢者向けコーチング、自動運転車の周辺サービス、環境保全に関連する仕事)

 

上記のリストを見比べてみると、失業者が簡単に新しい仕事につけるとは思えない。150年前に工業化社会のニーズに合わせて作られた現在の教育制度が、急速に変化するニーズに対応できるのだろうか。

 

有権者としては、教育制度の改革と失業者の生活を守ることを政治に求めていくしかない。

 

人々の生活を守る制度として有力視されているのが、ベーシックインカムだ。仕事のあるなし、スキルのあるなしにかかわらず、国民全員に最低限の生活に必要な額を永遠に支給し続けるという制度だ。

 

テスラ・モーターズのElon Musk氏やバージニア航空のRichard Branson氏などは、以前からベーシックインカムの必要性を主張している。物理学者の故Stephen Hawking氏は生前「機械で生み出す富を、みんなでシェアできれば、すばらしいことだ。もし機械のオーナーが富の分配政策に反対すれば、多くの人は惨めな貧困の状態に陥る。残念ながら世の中は後者に向かって進んでいるように見える」と語っている。

 

日本ではベーシックインカムが話題になることはほとんどないが、米国では大統領候補だったAndrew Yang氏がベーシックインカムを公約の1つにあげていた。同氏はベーシックインカムを「freedom dividend(自由の配当)」と呼び、18歳から64歳までの国民に毎月1000ドル(約11万円)を支給することを約束していた。

 

フューチャーリストのSteve Brown氏によると、2030年代には企業の求めるスキルと求職者のスキルの間に壮大なミスマッチが生じる大変な時代になり、その兆しが2020年代前半には誰の目にも明らかになると予測する。ベーシックインカムに関する議論があと2、3年で活発になってくるであろうから、有権者はこの議論に積極的に参加していくべきだとBrown氏は主張している。

 

一方、企業は政治に頼り続けるわけにはいかない。新しいスキルを持った人材をかき集めなければならない一方で、古いスキルを持った余剰人材をなんとかしなければならない。すべての企業が新しいスキルの人材を外部から雇用でまかなおうとすると、早かれ遅かれ人材市場は枯渇するだろう。なので多くの経営者は今ある人材の再教育を検討し始めている。

 

世界経済フォーラムは「2022年までに労働者の54%の再教育が必要になる」と予測している。うち35%には半年以内の教育が必要で、9%は半年から1年、10%は1年以上の教育が必要だという。

 

Business Roundtableに参加する181社のCEOは、企業内教育の拡充が不可欠だと考えているという。米Amazonは、2035年まで総額7億ドルをかけて社員の1/3を再教育する計画を既に発表している。

 

しかし最終的には自分の身は自分で守るしかない。政府にも企業にも頼り続けるわけにはいかない。

 

AIの自動化でなくなる仕事、生まれる仕事のリストは上記の通りだが、大規模の社会変化を引き起こすのは、AIによる自動化だけではない。これからロボティックス、ブロックチェーン、VR、新素材、バイオ、ナノといった破壊的技術が束になり、社会変化の津波となって、次々と押し寄せてくることが予測されている。

 

何度も押し寄せてくる津波を乗り越えるには、どのような資質が必要になってくるのだろう。子供たちにどのような資質を身につけさせればいいのだるか。

 

フューチャーリストのBrown氏は、これからの時代には次のような資質が必要になるだろうと語る。

 

まずは複雑なクリティカル・シンキング能力。物事を抽象化して考え、過去の経験や各種知識、文化的社会的基準などを考慮した上で、批判的に、総合的に考える力だ。AIがこの能力を身につけるようになるのは、かなり先のように思われる。

 

次にクリエイティブな問題解決能力。これは普通の教育ではなかなか身につかないが、起業家はこの能力が高い人が多い。起業すれば、ありとあらゆる問題が押し寄せてくるからだ。つまり起業したり、チャレンジングな職場に身を置くことで身に付く能力かもしれない。

 

Brown氏は、社会的知性も重要な能力に挙げている。AIには人の細かな感情や思考を理解し、共感し、思いやる能力は、まだない。カウンセリング、介護、育児、教育などの分野では非常に重要な能力だ。

 

最後にBrown氏は、21世紀的メンタリティーという表現で、適応力、好奇心、フットワークのよさ、楽観的であること、粘り強さなどの資質が重要だと指摘している。

 

こうした能力は今の教育制度ではなかなか身につかないかもしれない。学生のうちにいろいろな課外活動に挑戦したり、インターンや起業することで、こうした能力を身につけるように心がけることが大事になってくるだろう。また就職してからも、会社が自分のスキルや資質を伸ばしてくれないようであれば、スキル、資質の向上を求めて転職し続けることも大事だろう。

 

「AIが仕事を奪う」という表現がよく使われるが、AIはツールでしかない。向上心のある人がAIというツールを使いこなして、向上心のない人の仕事を奪っていく、というのが正しい表現なのかもしれない。

 

「いい大学に入ったから安心」という時代は、はるか過去のものになってきた。

 

 

 

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Disclaimer:オズボーン教授はエクサウィザーズの顧問です。

 

 

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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