なぜDXは失敗するのか①HealthCare.gov

AI新聞

米国のオバマ大統領の目玉政策である医療保険制度改革。予想を上回る数の米国市民が専用サイトHealthCare.govに応募、一定の成果を出したと見なされているが、サイトのリリース当日にアクセス過多でパンクしたほか、その後も数多くの技術的問題が見つかった。なぜ申し込み手続きのデジタル・トランスフォーメーション(DX)が失敗したのだろうか。

 

Tony SalDanha著Why Digital Transformations Failによると、

 

HealthCare.govの失態は、技術的な失敗ではなく、管理・統制の問題だと言う。

 

オバマ大統領の医療保険制度改革に関する法律Affordable Care Actは2010年に成立。国民、住民のほとんどに健康保険に加入させようとするもので、日本の国民健康保険のような皆保険制度のない米国にとって画期的な法律だ。

 

この法律に基づきオンラインで健康保険に申し込むことのできるhealthCare.govがオープンしたのが2013年10月1日の午前0時。数千人が申し込み手続を始め途端に、サイトがパンク。一時的なアクセスが集中が原因と思われたが、調べてみると技術的にいろいろな技術的問題が存在することが発覚。すべての問題を解決するのまでに数ヶ月かかったという。

 

申し込み期間が終わった翌年の4月15日までに1350万人が申し込み、800万人が実際に健康保険のプログラムを選択した。予想していた人数を大幅に上回ったので健康保険としては成功だったが、ウェブサイトの開発プロジェクトとしては失敗だった。

 

この本の著者によると、失敗の原因は3つ考えられるという。

 

1)開発プロジェクトがリーンスタートアップではなかった

システムやソフトウェアの開発手法にアジャイル開発と呼ばれるものがある。大きな単位でシステムやプログラムを区切るのではなく、小単位で実装とテストを繰り返し、小さな失敗に学びながら開発を進めていくことで、大きな失敗を防ぐ開発手法のことだ。

 

同様の考え方は、製品やサービスの開発や事業開発にも存在する。リーンスタートアップと呼ばれる手法で、一部未完成の状態で製品やサービスを公開し、ユーザーのフィードバックを得ながら改良を続ける方法だ。ネット企業の多くはこの手法を取っており、中には「永遠のβ版(お試し版)」と銘打って機能改善を永遠続けているケースもある。

 

この本によると、HealthCare.govの問題は、1つにはこうした手法を取らなかったからだという。

 

このプロジェクトに参加したのは、ITベンダー55社を始め、5つの連邦機関、36の州自治体政府、民間保険会社300社。取り扱う保険のプランの数は、全部で4000以上もあり、サイトの総ページ数は1000ページ以上、典型的なユーザーは75のページにアクセスどしたという。

 

大規模プロジェクトだ。

 

これをどう小分けにするのか。プロジェクトの一部は、アジャイル開発の手法で開発された。問題はすべてのプロジェクトが一斉にリリースされたことだ。リーンスタートアップの手法で、段階的に機能やページをリリースし、学びながら進んでいけば、サイトがパンクするような失態は起こらなかったのではないかと著者は指摘している。

 

 

2)責任の所在が不明瞭だったことだ。

HealthCare.govの責任者はだれだったのだろう。米保険福祉省のキャスリーン・セベリウス長官は、オバマ大統領の命でこのプロジェクトに関与した。同省には最高情報責任者(CIO)が設置されており、ホワイトハウス予算管理局は常々、すべてのIT関連プロジェクトはCIOが責任を持って進めるよう、強く奨励している。最終責任者は同長官なのか、同CIOなのだろうか。

 

またHealthCare.govを運営するのは健康保険健康サービス局(CMS)となっていて、このプロジェクトのシステム統合を受け持ったのはCMSだった。しかしCMSは保険の専門家の集団であり、技術者の集団ではない。これほどの大規模プロジェクトのシステムを統合するスキルや経験が十分にあったとは思えない。また一部報道によると、UX(ユーザー体験)の設計と技術運用に関して、CMS内部で意見が対立したといわれている。

 

大規模なプロジェクトであればあるほど、一人の責任者が自分のキャリアをかけるつもりで取り組み、まわりもその人物にすべての権限を与えるよう支援すべきなのだろう。

 

 

3)ゴールを急がず、段階的行程でゆっくり導く

DXの観点から見て、このプロジェクト失敗における最大の学びは、段階的にユーザーを導かなかったことだという。

 

国民皆保険に向けて段階的に進んでいけばよかったのに、政治公約やコストなどを優先してしまい、1つのサイトですべてを一気に解決しようとした。なにもかも一度に詰め込んだので、システムが不具合を起こしてしまったのだとしている。

 

DXでは、一足飛びにゴールを目指すのではなく、プロジェクトをいくつものフェーズに小分けし、ユーザーが段階的に学び、慣れ親しむよう、ゴールまでの行程を設計する必要があるという。

 

その後HealthCare.govは、責任者が明確になり、シリコンバレーの専門家がプロジェクトを段階的な行程に組み立てなおしたとろ、問題はすべて消滅したという。

 

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なぜ7割のDXが失敗するのか。

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P&Gの元IT部門の副社長Tony Saldana氏が書いたDXのノウハウ本「Why Digital Transformations Fail(なぜDXは失敗するのか)」。米国で発売されて1年が経ち、今だに米Amazon.comで部門ベストセラー1位を保っていますが、残念ながら日本語には訳されていません。

 

この本の中には、P&GのDXを成功に導いた哲学や手法に加え、米国の大企業や政府機関のDXの失敗例が多数取り上げられています。著者のSaldana氏によると、DXプロジェクトの7割が失敗に終わっているというのです。

 

失敗事例の轍を踏まないようにDXプロジェクトを進めるには、どうすればいいのでしょうか。

 

このセミナーでは、本の中で紹介されている事例や同氏による分析結果を重点的に説明することで、原書を読まなくても1時間で重要ポイントを学んでいただけるように工夫してお話したいと思っています。

なぜ7割のDXが失敗するのか-未訳ベストセラーに学ぶDX講座-

 

 

 

 

 

湯川鶴章

AI新聞編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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